嘘つきな彼  ~八年付き合った彼から『距離を置きたい』と言われました。これってフラれた?それとも冷却期間でしょうか?
修のお母さんと連絡を取りつつ、私はタクシーで病院へ向かった。
その間。修に何度も電話を掛け、メッセージを送ったけれど、既読はつかなかった。



病院に到着し、夜間受付に尋ねて処置室へ急ぐ。

【夜間救急外来】の待合スペースの部分だけが照明に明るく照らされていた。
私はその横を通り、薄暗い廊下の先にあると教えられた、【救急処置室】に向かった。


そして、処置室の前に立ち、閉じられたドアを見つめる女性に近づき、
「あの…すみません、根岸さんですか?」
と問うた。

こちらを向いた女性の顔色は悪かった。
「は、はい。根岸です。あ…」

「私、笹塚綾音と申します。先程、電話で…」
「ああ。綾音さん。…夜中に突然ごめんなさいね」

「いえ。それでお父さんの具合は?」
「分からないの…ここで待ってくださいって言われて…修は連絡が付かないし」

「修さん、急な出張が入ったって言ってましたから…メッセージを残しておいたので気が付けば連絡があると思います」
「ありがとう、綾音さん」

「…‥‥」
「…‥‥」

何か話さなくちゃ…とは思うものの、何て言えばいいのかも、話すことも浮かばない。
2人の間に重い沈黙が流れる。


「ああ!こんなことなら、一人暮らしなんてさせるんじゃなかったわ!」

突然、母親が、しゃべり始めた。

「え?」

一人暮らし?
修が?
修は昔からずっと実家暮らしだと聞いているけど?
引っ越したなんて全く聞いていない!

「あの。修さんは、ご実家じゃ?」
「実家じゃ家事とは何もしなかったから心配だったんだけど、あの子きちんとやってる?
会社からだって遠くなるのにわざわざ一人暮らしなんてしなくてもいいのに。
一人暮らしを始めて半年も立つのに一度も帰って来ないし…」

ウゥーーーーン。

お母さんの言葉を遮る様に処置室の自動扉が開いた。

立ち上がる私たちに看護師が近づいた。

「根岸さんのご家族ですか?」
「はい、根岸です。主人は、主人の具合はどうなんでしょう?」
「もう意識もはっきりしていますよ。この後医師から説明がありますので中へどうぞ」
「はい。綾音さん、行ってくるわね」

修のお母さんだけが中に入って行き、扉が閉まった。
もう2度と開かないのではないかと思う程、ぴったりと閉ざされたクリーム色の扉だった。





一人暮らしって何?私、聞いてない。


『一人暮ラシナンテシナクテモイイノニ』

『一人暮ラシヲ始メテ半年モ立ツノニ一度モ帰ッテ来ナイシ」


暗くなった視界。微かに聞こえる機械音。



遠くで聞こえる、救急車のサイレン。

指先が震える。

さっき聞いたお母さんの言葉が何度も頭に響いた。




呆然と立っていた私は、廊下にあるベンチにペタンと腰をかけた。
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