陽之木くんは、いつもそうだ。
 そして、卒業式は無事に終わった。
 生徒たちはみな教室に戻って写真を撮ったり思い出話に花を咲かせて泣いてみたりしている。
 私は自分の席について頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を見た。 寒さもだいぶ穏やかになり、桜のつぼみは来週あたりから咲き始めそうだと、今朝のニュースで天気予報士が言っていた。
 教室に入ってきた先生が「これで最後だ」と涙ぐみながらスピーチを始める。 それを聞くふりをして、私は自分の高校生活を振り返っていた。
 『学生の本分は勉強』。 これを律儀に守って真面目に、ひたすら机に向かってきた。 将来のため。 体が弱い母のため。 そしてなにより、自分のため。 そう言い聞かせて友達も作らず、ひとりで学校と家の往復をするだけの規則正しい毎日だった。 遊びのない、ある意味高校生らしくない生活の中で唯一、〝彼〟の存在だけが異質だった。

「今日まで、この教室で様々な苦難を乗り越えて頑張ってきた君たちだから、きっとこれからの人生どんなことがあっても乗り越えられます。 先生は強く、たくましくなった君たちを送り出せること、本当に誇らしく思います」

 ふと耳についた先生の言葉を、自分に当てはめてみる。
 ……様々な苦難?
 私は何を乗り越えたんだろう。

「卒業、おめでとう! 元気でな!」

 先生が熱いスピーチを終えて、クラスの最後の挨拶も終わった。
 クラスメイト達が先生の元へ行って写真を撮ったり、この後どこへ行こうかと盛り上がる中、私はひとり荷物を持って教室をあとにした。 誰もがこの時間を惜しむ中、私だけははやくこの箱の中から抜け出したかった。
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