陽之木くんは、いつもそうだ。
「ごめん、帰るね」

 私は依田くんの視線から逃げるように、靴を履き替えはじめた。
 急いで、急いで。 急いで逃げないと。
 大きな黒い波に飲み込まれる前に。

「翔先輩ですよ」

 声を大きくした依田くんの嘘のない目が頬に突き刺さった。
 私は金縛りにあったように動けなくなる。

「茅野先輩へのメッセージは、全部翔先輩からっすよ」

 ……嘘だ。 そんなはずない。 陽乃木くんは確かに、死んでしまったはず。

 愕然として声も出せない。 そんな私に依田くんが当てつけのように大きなため息をついた。

「前から思ってたんすけど。 茅野先輩ってなんでそんなひねくれてんですか」
「……え?」
「前にここで会ったときもずっと居心地悪そうにしてましたよね。 せっかくのデートなんだから楽しめばいいのに」

 呆れたように言う依田くんは、ボールをまたガーターゾーンに滑り込ませてベンチに戻ってくる。

「そ、それは、だって、」

 君たちのせいだ、と口をついて出そうになったけど、自分のせいでもあるし、陽之木くんのせいでもあるし、一概に依田くんたちのせいとは言い難い。
 言おうとした言葉を飲み込んだ私に、依田くんはまたひとつため息をつく。

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