星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
「トレモロ、じゃないですよね。アルペジオ……じゃなくてグリッサンドかな」

 言って、彼は三種類を弾いた。

 一つ目は同じ音を連続して奏でた。
 
 二つ目は和音をばらけさせたような弾き方で、ドミソを流れるように弾いた。

 三つ目は端から端へいっきに指を滑らせた。

「それ、三つ目の」
「グリッサンドですね」

 またハープを膝にのせてもらい、詩季は柱の方から胴へ向けて人差し指で弦を撫でるように動かした。低音から高音へ、音が駆けあがった。

「逆向きにやるときは親指でやるんですよ」
 弦の短い方から長い方へ、親指をすーっと動かすと、音も一緒に流れて行った。

「すごい、なんか楽しい!」
 何度も何度もグリッサンドをする詩季を見て、絃斗はまぶしそうに目を細め、悲しそうな微笑を浮かべた。

「どうしたの?」
 気付いた詩季は手を止めてきいた。

「楽しそうだな、って」
 声は沈み、顔には憂いが満ちていた。

 あのときの彼だ、と詩季は思い出す。
 置いてきぼりにされた星のような彼の姿を。

「ハープ、楽しくないの?」
 彼が自分から言い出したのならば、吐き出したいのかもしれない。そう思って聞いてみる。

「評論家にぼろくそ言われて、ショックで。あんなの評論家じゃなくて批評家ですよ」

 評論家になにか言われるということは、彼はもしかしてすごい人なのだろうか。

「調子に乗ってると言われました。うまいだけで感動もなにもないって。偽物の音楽だ、心のこもってない演奏なんて騒音と変わらないって」

「ひどい!」
 だから騒音という単語にあんなに反応したのか、と納得した。

「そんなときにグランドハープの弦が切れて。弦を張り直して調律して、でも音が安定しなくて、気持ちまでぷっつり切れました」
 ハープは弦を張り替えても一週間ほどは音が安定しない。

「それで、過去に言われたことまで思い出してしまって、落ち込んで」
「なにを言われたの?」
< 12 / 47 >

この作品をシェア

pagetop