星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
「吟遊詩人とか、へたくそとか。男のくせにハープって笑われることはしょっちゅうでした」
「そんなことになるんだ」
 自分の周りには楽器を学んでいる男の子がいなかったから、それでからかわれるなんて想像もしたことなかった。

「野球とか、球技は体育でもやらせてもらえなかったから、子供のころは浮いてました」
「指を守るために?」

「そうです。父親がピアニストで、なんでもいいから楽器をやれって言われて」
「それでなんでハープなの?」
「いろいろやってみて、一番好きになったのがこれだったんです」
 彼は愛おしそうにハープを撫でた。

「同じ理由で料理もやらせてもらえなくて」
「それで今日、初めてだったんだ」
「……ごめんなさい」

「言いたいことあったらもう全部言っちゃいなよ」
「ありがとうございます」
 彼は弱々しく微笑んだ。

「それで思い出したことがありまして」
「どんな?」
「子供のころ、河原で練習していたとき、犬をつれた女の子が来たんです」
 自分も小さいころに犬を飼っていた、と思い出しながら聞く。
「振り返ったら「吟遊詩人!」って叫んで走って行きました」

 ん? と詩季の頭になにかがひっかかる。
 夕暮れの河原がなぜか頭に浮かんだ。次いで、ハープを弾く少年の姿がありありと浮かぶ。まさか、そんな偶然あるだろうか。

「女の子が連れてる犬って、チワワだった?」
「よくわかりましたね」
「なんとなく」
 答えながら、口の端がひきつった。

 その女の子は十中八九、自分だ。
 今の今まで思い出しもしなかった。

 犬の散歩中、きれいな音が流れて来て思わず足をとめてしまった。
 うっとりと聞きほれていたら、振り返った少年があまりにも美しかったから、恥ずかしくなって「吟遊詩人!」と叫んで走って帰ったのだ。我ながら意味がわからない叫びだ。

「その子は本当はうまいって思ってたんだよ。ほら、子供って素直じゃなかったりするし」
 その子供が自分です、とは言い出せなかった。

 なんとか彼に自信を取り戻してもらわなくては。こんなに素敵にハープを弾ける彼がスランプで、その原因の一つが自分なら、なんとしてでも償わなくてはならない。

 詩季はぎゅっと拳を握った。
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