星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
 年齢層が上のショップへの異動の打診だった。
 ショックだった。

 もう若くないのだと、わかってはいても現実をつきつけられると心が痛んだ。

「後輩が育ってきて私よりも売り上げがあるし、もう用済みなんだとか、取り残されたような気がして」

 まるで泥沼に足をとられたかのように、まったく前に進めていないような感覚。なのにみんなは順調に進んでいくような焦燥感。

「仕事も恋もうまくいかないまま、なにをやってるんだろうって虚しくなってしまって」
「評価されたから異動なのでは? 新しい場所へ挑戦するってことでいいんじゃないですか?」

「簡単に気持ちは切り替えられないから……」
「そうですよね」
 絃斗が言葉を切ると、沈黙が降りた。

 急に空気が質量を持ってのしかかってくる気がした。

 結局自分はなにを告白したんだ、と詩季は服の裾をぎゅっと掴んだ。
 彼を励ましたかったのに、まるで逆だ。

 苦しんでいるのは彼だけではない、と言いたかったのに、なんだかずれている気がした。

 彼が子供のころに傷付いた原因の一つが自分だというのに、謝罪もせず、なんの救いにもならないことを言って。

 氷の解けたジュースを飲むと、水っぽい味がした。手に持ったコップは結露でびしょびしょで、床にぽつぽつと落ちて染みをつくった。

「……服、ほしいな」
 ぽつり、と彼が言った。  

 詩季が顔を上げると、彼はにっこりと笑った。
「僕に選んでくれますか?」
「もちろん」
 詩季はすぐさま答えた。

 このきまずい空気から逃げ出せることに少なからずほっとしていた。
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