星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
 一緒にランチをとってから駅ビルに入っているショップに二人で向かった。
 大人っぽい服が欲しい、という彼に詩季は服を見立てる。

 女性向けに比べて男性向けのショップは少ないので見て回るのは楽だったが、選択肢が減ってしまうのが困った。

 結局、濃いグレーのテーラードのカーディガンにノーカラーの白シャツ、黒いテーパードパンツを薦めた。
 男性のファッションはよくわからないから、無難なところで収めた。

 そのまま着ていきます、と店員に言ってタグを切ってもらう。
 彼はこんなの着たことない、とノーカラーシャツを喜んでくれた。

「襟がジャケットみたいになってるカーディガン、初めてです。シンプルなのに大人っぽくて」
 目を輝かせてそでをひっぱったり裾をつまんだり、何度も鏡で姿を確認していた。

 詩季はほっとしてその姿を見ていた。
 新しい服を着てこんなに笑顔になっている人を見るのは久しぶりだった。
 最近は接客しようと声をかけても逃げるように立ち去るお客様のほうが多かった。

 恋人に選んでもらわないの? 聞こうとして、やめた。
 なんだか聞きたくなかった。

「お礼にコーヒーをプレゼントさせてください」
「お礼なんていいのに」
「こんなに素敵にしてもらったんですから。コーヒー売り場ってありますか?」

「地下にあったと思うけど……私、コーヒーを入れる道具は何も持ってないよ」

「それも買いましょう!」
「そんなに何もしてないのに……」
「僕のお礼の気持ちです」

 結局、彼と一緒にエレベーターで地下の食品売り場に行った。
 着いた瞬間に、おいしそうな匂いが漂ってきた。

 地下の食品売り場はいつも活気があふれている。人が多く行き交い、ざわざわと騒がしい。
 お惣菜やお弁当コーナーを抜けた先、洋菓子コーナーの近くにコーヒーのショップがあった。近付くだけで香ばしい香りが漂って来る。

 小さな店だった。豆がメインで、コーヒー用品とお茶うけ用のお菓子が少し置いてある。
 彼は豆が入ったガラスケースを見て、あ、と小さく声を上げた。

「クイーンワイニーがある!」
「珍しいの?」
「おいしいけど生産量が少ないんです」
 詩季は値段を見て驚いた。ほかのコーヒー豆の二倍から三倍の値段がついていた。

「100グラムで1000円を超えてる」
 牛肉だってもっと安い。この前見た国産黒毛和牛は100グラム700円だった。

 彼は自分用と詩季用に200グラムずつと、彼女のためのコーヒー器具を買った。
 店員が袋とは別にチラシを差し出した。

「噴水広場のイベントで露店を出しているんです。試飲会もやってますから、ぜひ」

 ありがとう、と彼はそれを受け取り、折りたたんでポケットに入れた。
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