星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
 絃斗はすばやく詩季にあわせる。
 歌のテンポの良さをそのままに透き通ったハープの旋律が耳に新鮮に飛び込んでくる。

 観客は応援するように手拍子を始めた。踊り出す子供もいる。
 ハープの独奏部分では彼はアレンジまでいれて披露していた。まるでダイヤモンドが輝くようだった。

 歌い終わって彼がグリッサンドで締めると、会場からは割れんばかりの拍手が送られた。

 圧倒されて、しばらく詩季は動けなかった。
 いつの間にかお客さんが増えていた。その人たちがいっせいに自分に注目して拍手をしてくれている。

 初めての経験だった。
 ステージに上がったときとは別の理由で全身が震えた。胸が熱くなって、足元がふわふわした。世界がきらきらと輝き、今なら青空の向こうの星まで見えそうだ。

 絃斗は慣れた様子でお辞儀をする。
 慌てて詩季もお辞儀をした。

 絃斗は振り返って微笑みかけ、手を差し出した。
 優しく弧を描いた目に、さらに胸が熱くなる。

 詩季が手をとると、そのまま手をひいて彼はステージを下りた。
 拍手は二人がステージから降りるまでずっと鳴りやまなかった。

「良かったです、無事に終われて」
「ありがとう。ハープ、最高だった」

 詩季はそれ以外の言葉が思いつかなかった。なにをどう言えばこの感覚が伝わるのか、わからなかった。

 なんとかやりきったという達成感とステージに立った高揚感で、ずっと足元がふわふわしていた。緊張からの開放で、涙がこぼれた。

 絃斗は冷静にハープをケースにしまい、肩を震わせる詩季に気がついた。

「大丈夫ですか?」
「なんかほっとして」
 うつむく詩季を、ふわっとなにかが包んだ。

 絃斗だった。彼の腕に包まれたのだと気が付いて、詩季の心臓は急に早くなった。グリッサンドだ、と詩季は思った。ぽろろろん、と頭の中で音が鳴り響く。

「すごかったです。僕、感動しました」
 絃斗は抱きしめる手に力を込める。詩季はそのまま頭をもたせかけた。

 思ったより大きくて温かな胸だった。その腕は思ったよりも力強くて、男らしかった。
 絃斗のゆったりとした息遣いが、すぐそばにある。

 彼の初恋の人が頭をよぎった。

 でも、今は。
 今だけは許してほしい。

 見知らぬ彼女に、詩季は願った。
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