星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
彼の淹れてくれた食後のコーヒーを飲んでいるときだった。
絃斗はカップをひっくりかえして自分でコーヒーをかぶった。
「うああああ!」
詩季は一瞬、なにが起きたのかわからなかった。カップが倒れ、茶色の液体が広がっている。
「ごめん、手が滑ってこぼしちゃった」
詩季はすぐにタオルを持ってきて彼にかかったコーヒーを叩くように拭いた。
「やけどは?」
「熱くなかったから大丈夫」
彼の服を拭くたび、白いタオルにコーヒーの茶色の染みがひろがる。
「洗わないと無理ね」
「せっかく選んでもらったのに、ごめんなさい」
「それよりやけどしてなくてよかった」
そのまま拭こうとして、はたと気が付く。こんなの、まるで恋人みたいじゃないか。
「ごめん、自分で拭いて」
「うん……」
タオルを受け取り、彼は服をぬぐう。
「叩くようにして拭いたほうがいいよ」
テーブルにこぼれたコーヒーはキッチンペーパーでふきとった。
服が濡れてしまったら気持ち悪いだろう。それに、すぐに洗わないと染みになってしまう。
だが、彼とは会ったばかりだから、シャワーを勧めるのはためらわれた。
服を必死に叩く彼を見て、詩季はたっぷりとコーヒーを吸ったペーパーを捨てた。
「……シャワー浴びる?」
迷った末に、詩季は聞いた。
「コーヒー被ったままじゃ気持ち悪いでしょ?」
「だけど……」
「覗いたりしないから」
詩季がおどけて言うと、絃斗はぷっと笑った。
「じゃあ、遠慮なくお借りします」
「その間に服を洗うわ。すぐに洗わないとしみになっちゃう」
まだ八時だから、洗濯機をまわすにはギリギリ間に合う。
「せ、洗濯は自分でしますっ」
「洗濯表示、わかる?」
「それ、なんですか?」
「ほら、わからないじゃない」
「し、下着は、その」
「遠慮しなくていいわよ」
どうせ二度と会わないのだから。
続く言葉は、言わなかった。
わかりきっていることを言葉にして自分を追い詰める必要もない。