星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
「新しいの買ってあるから、大丈夫です」
「いつの間に」

「昼間、買って着替えたんです。残りがまだあります。でもコーヒーがついた服はお願いしてもいいですか」

「いいわよ」
 詩季がうけ合うと、彼は恥ずかしそうに身を縮めた。
 こうしていると、彼がツアーを行うほどの音楽家には見えなかった。

「着替え。これならあなたも切られるんじゃないかな。メンズで買ったTシャツだから」
 以前自分の部屋着用に買ってもう着なくなっていたものだった。
「あと、スエット。これならゆったり目だから」
 クローゼットを漁ってきて、それらをかごに入れて渡した。

 地方都市の2DKの住まいだから、脱衣所なんてものはない。
 彼は浴室で服を脱いで、彼女に服を渡した。

 詩季は洗濯表示を確認してからコーヒーのついた部分をぬらしたタオルで摘まみとるように汚れを落とす。それから乾いたタオルではさむようにして水分をとる。濃い色の服だったから、なんとかわからないぐらいにまではできた。白いシャツには幸いにも染みていなかった。酸素系漂白剤をぬって、ネットに入れて洗濯機にいれた。

 彼がシャワーを浴びている間に、詩季はネットで検索をする。

 満星絃斗。

 検索結果はすぐに出て来た。
 それらを見て、詩季は息をのむ。

 若き天才ハーピスト、コンクール総なめ!

 ハープ界のダイヤモンド、クラシック界を席巻!

 現れた画像はどれも彼でしかなくて、だけど黒いかしこまった衣装を着て堂々としている様子はまったく見慣れなくて、違和感しかなかった。

 彼は著名なピアニストの息子で幼い頃から頭角を現していたと言う。中学卒業後はオーストリアのウィーンに音楽留学に行き、有名な音楽大学を主席で卒業して世界で活躍していると書かれている。

 若い頃からそちらの方面では有名だったらしいが、音楽に興味のない詩季はまったく知らなかった。

 所属する音楽事務所を見て、また驚いた。いまや世界に名をとどろかせているところだった。

 今日見たポスターには全国ツアーがあると書かれていた。
 予定を見ると、来月にはこの市でも市民会館で行われる予定になっている。

 こんなすごい人が、ここに。
 コンサートって、開催にすごいお金がかかるのでは。
 もしドタキャンなんてことになったら返金だけでも大変なのに、損害賠償とか。

 どきどきして浴室のあるほうを見る。
 壁の向こうにあるから、浴室は見えない。
 ただ水の音だけが聞こえて来た。

 詩季はスマホを手に取り、電話をかけた。
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