星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
気がつくと、歌声が聞こえた。
男性のきれいな声だった。
歌に詳しくないから、テノールだとかバリトンだとか、そういうのはわからない。ただ、美しいと思った。歌声を聞いて「透明感がある」と思ったのは初めてだった。
なんだか聞いているだけで幸せになるようだった。心が温かになり、嫌なことを忘れてただうっとりと聞いていられる。
最近流行している歌手のエトワ・ド・シエルの声に似ていて、だけどもっとのびやかだった。
歌の精霊がいる。
そう思って布団の中でまどろんでいると、コーヒーのいい匂いが漂ってきた。
「ごはんできましたよ」
歌が途切れて、男性の声が聞こえてきた。
せっかくいい気持ちで聞いていたのに。
枕もとのスマホを確認すると、朝の七時半だった。
金曜日、今日のシフトでは彼女は休みだ。
もっと寝ていたかった。
不満に思って体を起こすと、知らない顔がそこにあった。
頭から血の気が引いた。
「あなた誰!」
思わず布団を引き寄せる。
「けんとです」
言いながら、空中に絃斗、と字を書いた。
「なんでここにいるの」
「昨日のこと、覚えてないですか?」
眉を八の字に下げて、彼は言った。
「なんのこと」
昨夜は仲のいい同僚とお酒を飲んだ。それから……。
「お名前教えて頂いていいですか」
「瑞垣詩季」
「詩季さん。良いお名前ですね」
彼はにこっと笑った。
朝日に照らされた彼の笑顔は妙にまぶしく見えた。
「食べながら話しましょう。冷めちゃいます」
「うん……」
詩季はどきっとしたのを隠して返事をした。