星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
「夕方の河原にいたのは私だったの」
「え?」
「私があなたに暴言を吐いたの。吟遊詩人って」
 絃斗は驚いて彼女を見つめる。

「あのとき、本当はすごいなって思ったの。素敵だった。あのときも今も、あなたはすごい演奏者よ。だって私は感動したもの」
「詩季さん……」
「恋人と幸せにね」
 詩季は微笑んだ。

「そんな、何言ってるの!?」
「さあ、行きますよ。連絡ありがとうございました」

 男は詩季を見もせずに言って、絃斗を連れ出した。腕をひっぱられるのを嫌がりながら、絃斗は連れられるままに出て行く。

「絃斗がお邪魔してしまって、申し訳ありません」
 真理華が深々とお辞儀した。美しい髪がさらりと垂れた。

「いいえ。あの……」
 詩季が言い淀むと、顔を上げた真理華は小首をかしげて彼女を見た。その仕草すら、かわいらしい。

「私、彼とはなにもなかったので」
「そうですか」
 彼女は詩季を見て、にこっと笑った。

「彼はもうすぐコンサートがあるんです。本当に、連絡ありがとうございました」
 頭を下げて、彼女は出て行った。

 閉められた扉を見て、詩季は大きく息をついた。

 腕を引っ張られたくないのは、やっぱり演奏に影響するからだろうか。マネージャーは弱点を熟知していてそれを利用して彼を連れ出したのだろう。

 ふと見ると、服が部屋に置き去りにされていた。
 彼のために選んだ服。

「置いて行かれちゃった……」
 なんだか胸にあふれるものがあった。

 星は空に帰った。彼女を残して。

 こらえきれず、詩季は涙をこぼした。
 天を仰いでも涙は止まらず、見えるのは星空どころかただの天井だ。

 詩季は嗚咽をもらしながら、服を抱きしめた。
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