星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
気がつくと、噴水の前にいた。
あいかわらず水を噴いてはいない。
ふちに座って、空を見上げる。
雲は出ていない。
満天の星、のはずだった。
地上の灯りに消されて、その輝きは薄い。
だけど、詩季は知っている。
星は必ず輝いている。地上の明かりなど関係なく、自分のいる場所できちんと輝き続けている。
目を閉じると、絃斗の弾くハープが耳に蘇った。
ずっと余韻にひたっていたい。
家などという日常に戻りたくなかった。少なくとも今はまだ。
「詩季さん!」
聞き覚えのある声に呼ばれて、詩季は勢いよく振り向いた。
いるはずのない人が、そこにいた。
はあはあと大きく肩で息をしている。
「うそつき!」
彼は彼女を見るなり、そう言った。
「謝礼なんてうそじゃん! 楽屋に来てって言ったのに、帰っちゃうし!」
詩季はなにも言えずに彼を見た。息を切らし、燕尾服のままで、顔には大粒の汗が浮かんでいた。
「あんなことしなくても僕はちゃんと戻ったのに」
絃斗は彼女に歩み寄り、隣に座った。
「どうしてここに」
「あなたが出て行くのが見えたから。慌てて追いかけて来たんです」
「あんな遠くの席なのに……」
「意外に、見えるんですよ。なんども視線を送りましたよね?」
では、自分を見たように思えたのは錯覚ではなかったのだ。
「……出てきちゃって大丈夫なの?」
「あなたの方が大事だから」
詩季は耳を疑い、絃斗を見た。彼はにこっと笑った。