星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
「なんでよりによってそれなんですか」
「嫌いなの?」

「……苦手です」
 全身が嫌いって言ってそうだけど。と、詩季は彼を見る。ハープを抱きしめてソファに体をぴったりとつけている。何かから逃げるかのように。 

「得意なのは?」
 ピン、ピン、といくつかの弦をはじいてから、彼はため息をついた。

「やっぱりやめてもいいですか?」
「いいよ」
「自分から言い出したのに、ごめんなさい。今度きちんとお礼とお詫びします。連絡先を交換してくれますか?」 

 あんまりしょんぼりしていたので、なんだか断りづらかった。
 連絡が来たら改めて辞退すればいいか、とスマホを取り出す。

 彼もまたスマホを取り出し、電源を入れた、その瞬間。

 けたたましく着信が鳴り響いた。
 慌てて止めようとした彼は、うっかり通話に指をスライドさせてしまった。

「やっと出た! どこにいるんですか!」

 男性の怒鳴り声が響く。スピーカーにしていないのに、詩季にまで聞こえた。
 絃斗はすぐに通話を切る。が、すぐにまた着信が鳴った。

 迷ったようにその画面を見つめたあと、絃斗はスマホの電源を切った。

「連絡先はあとでもいいですか」
「出なくていいの?」

「今はまだ話をしたくなくて。……せっかく来たんですし、詩季さんは歌ってみては?」
 どきっとした。仕事では苗字呼びか店長呼びだ。男性に名を呼ばれるなんて久しぶりだ。

「詩季さんって……」
「ごめんなさい、慣れ慣れしかったですか? 向こうではファーストネームで呼ぶのが普通だったから」

「向こうって?」 
「海外にも行くんです、僕」

 仕事なのだろうか。ハープを趣味にできて海外に行く仕事なんてかなり稼いでそうだ。そんなことを頭の隅で考えながら好きな曲を入れた。絃斗のためにカラオケの音量を絞る。

「今日、仕事は大丈夫なの?」
 勢いで来たものの、彼の仕事のことなどまったく考えていなかった。
「大丈夫です」 

 もしかして金持ちの息子で音楽家を目指していているとか。
 曲が始まったので、詩季はその考えを追い出した。
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