星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
 今は思い切り歌って、なにもかも忘れてしまおう。
 ドラムの音がリズムを刻む。ベースに支えられたメロディが心地いい。前向きな歌詞を曲に乗せて口にしていると、なんとなく自分も前向きになれる気がしてくる。

 歌い終わってふと見ると、絃斗は自分が歌う曲を入れていなかった。

「歌わないの?」
「詩季さんの歌を聞きたいです」

「そんなこと言われると緊張するよ」
「ご、ごめんなさい、聞きません」
 慌てて謝るので、笑ってしまった。えへへ、と彼も笑った。

 どの歌を歌っても彼は手拍子をしてくれて、詩季は気分がよくなる一方だった。
 それでつい、エトワ・ド・シエルの『恋』を入れてしまった。

 イントロが始まった瞬間に絃斗が顔をしかめて、それで慌てて曲を消した。

「ごめん、つい。好きだから」
「いいですよ。好きだからって、告白されてるみたいに聞こえますね」
 えへへ、と彼が気弱に笑った。

 沈黙が降りる。ほかの部屋の遠い歌声が響いた。声の主は音程がずれていても気にすることなく楽しそうに歌い続けている。

「それ、弾いてみたい」

 沈黙を埋めるように詩季は言った。埋めるだけのつもりだから本気ではなかった。興味はあったが、高そうな楽器だから断られるだろうと思っていた。

「いいですよ」
「いいの!?」

 彼はハープを取り出して、彼女の膝に、体に対して垂直にそっと乗せる。

「弦の短いほう、斜めになってる側は胴といいます。響板(きょうばん)になっていて、ここで音が響くんです。弦の長い方、真っ直ぐな部分は柱といいます」
 それぞれの部位を指して説明する。

「胴に穴が開いてるのはどうして?」
「共鳴した音を外に出すためです。バイオリンとかギターも穴が開いてますよね」

「そんな仕組みだったの」
「右肩で支えて、自立させてください」

「思ったより軽いのね」
「空洞ですからね。これで5キロくらいです」

 ハープはぐらぐらと揺れて倒れそうで、手を離すのが怖かった。
「顔からはもう少し離して」
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