犬神君 ✕ ヤンデレ
お前、本気でふざけるな。
そして、始まった能力コントロール訓練。
僕と由瑠は対立するかのように向かい合っていた。
訓練の内容はごくごく単純。
一対一で能力を行使し、相手が身につけるリングを奪い合うのだ。
ただし、ルールとして相手を傷つけることは許されていない。
入学してから1ヶ月ほどだが、僕は由瑠以外と対戦したことがない。
『はぁ、やっぱりお前とか』
僕のセリフはいつも変わらない。
小中高と同級生とやり合う時は必ず由瑠とだった。
鬱々とする僕に、由瑠はケラケラと笑った。
「仕方ないでしょ、君強すぎるんだもん。
まともにやり合えるのはオレくらいだって」
生まれてから、僕は未だに能力の試合において負けたことがない。
特段強い能力を持った訳でもないのに不思議なことだ。
「由瑠様やれやれー!」
何故だろう。
訓練中は周囲に被害が及ばないように防護・防音用のバリアが張ってあるため、通常声が聞こえないはずなのに声が聞こえる。
バッと振り返るとバリア越しに教師が使うメガフォンを片手に生き生きと言葉を放つキリトの姿があった。
あのメガフォンは特殊で、あれから出る音はバリアを透過するのだ。
「ご主人様負けろー!!」
『お前主人に向かって何言ってんだよ!!』
最早応援ですらない掛け声に怒鳴る。
主人の敗北を願う従者がいてたまるか!
しかし、キリトはメガフォンを離さない。
「だって、ボロボロに負けた後に泣いて悔しがるご主人様絶対可愛いもん」
その様子を想像したのか、キリトはとろんと恍惚の笑みを浮かべた。
「その時は僕が沢山慰めて上げるからね」
それは、女神のような慈悲が滲む笑顔でもあった。
しかし、その笑顔の美しさの効用を前半のセリフが台無しにしていた。
思わず苛立って、ピキッと青筋が立った。
このサド野郎!変態が!!
やっぱイカれてんじゃねぇか!
『…っ、お前後で覚えてろよ!!』
「はーい、試合始めますよ。
咲耶君落ち着いて。
キリト君はメガフォンしまおうか」
指導官が一声かけると、キリトは残念そうな顔をしながらも大人しくメガフォンをしまった。
コイツ…!!
「もー、咲耶。
余所見してないで試合やろうよ」
由瑠は呆れた顔をして殺気を放つ僕を宥めた。
その声で我に返る。
…はぁ、今日はキリトのせいで血がのぼりっ放しだ。
アイツがいると調子が狂うから嫌になる。
…でも、今は由瑠との試合に集中しなくては。
『…そうだな』
何度か深呼吸をして落ち着くと、冷静に由瑠と向かいあった。
指導教官がそっと開始を知らせるべく笛に口づける。
「それでは、訓練開始!」
僕と由瑠は一斉に手をお互いに向けてかざし、能力を放った。
『トニトルス』/「アネモス」
瞬速で、雷と強風がぶつかり合う。
相殺されることを熟知した上での全力放出。
バリアで囲むエリア全体に爆風が吹きすさぶ。
僕の能力は読んで字の通り“雷”。
そして、由瑠の能力は“風”。
火や水などの戦いに比べると相性はかなり良い方だと思う。
少なくとも直ぐにやられることはないからな。
にしても、段々年を追うごとに相殺し合う威力が増している気がする。
今も前が見えないくらい煙が充満しているし。
「ブリーゼ」
由瑠の声がし、後ろからサワリと風が吹く。
僕はそちらを振り返ろうとしたが、ピタッと身体を止めた。
由瑠の気配が風とは別の所からしたからだ。
『フラッシュ』
陽動に気づき咄嗟にそう呟くと、僕は片手で目を塞いだ。
瞬間、ピカッと眩い光が放たれる。
最近完成した技で、閃光弾並の威力に仕上げたものだから、的中すれば暫くは動けないだろう。
「わっ!?」
想定通り、僕が仕掛けた目眩ましは至近距離にいた由瑠にヒットしたらしく。
由瑠が咄嗟に攻撃を止めて目を押さえた隙に、付けていたリングを回収した。
「終了!!」
張られていたバリアを消した指導教官が目を押さえてヨロヨロしている由瑠に駆け寄ってきた。
「大丈夫かい?」
「…はい、目が眩むだけです」
僕は回収したリングを教官に手渡すと、ドサリと床に腰を下ろした由瑠の前に立ち見下ろす。
『大丈夫か?』
座り込む由瑠は目を押さえたままだった。
どうやら威力が強すぎたらしい。
今回は怪我をはせずに済んだものの威力次第で失明させてしまう恐れがあると反省した。
「うーん、未だクラクラする…。
まさか、閃光弾が来るとは思わなかった」
『…威力強すぎた、ごめん』
柄にもなく謝ると由瑠にバシッと肩を叩かれる。
「謝らないでよ、訓練なんだからさ」
返す言葉が見当たらず、『そうか』とだけ呟くと、由瑠は「次こそ勝つ」と意気込んでいた。
負けても潔いところが由瑠の良いところだと思った。
その後、他のクラスメイトが終わるまではその場で由瑠と話すことにした。
「ご主人様おめでとーう!
ご主人様が勝ったのは残念だけど、
面白い試合だったよー!」
『本気でお前クビにするぞ!!』
僕は満面の笑顔を浮かべて走ってきたキリトを一寸の迷いもなく蹴り飛ばした。