犬神君 ✕ ヤンデレ
忠犬?猛犬?
いつもより倍長く感じた学校生活を終え、僕はベッドに寝転び脱力していた。
はぁあ、キリトといると本気で疲れるんだけど。
あからさまに話しかけるなオーラを出しているのにも関わらずキリトは平然と話しかけてくる。
「溜息吐くと幸せ逃げちゃうよ?」
キリトは学校から帰ってきた後も僕の側に立ったまま動こうとしない。
1日僕に付いて回ったのだから疲れてるだろうし、今は恐らく任務時間外だろうから早く休めばいいのに。
『誰のせいだと思ってんだよ…』
元凶はお前だ、と言わんばかりにキリトを睨みつけたらキリトはニコッと微笑む。
「いいじゃない、賑やかな方が。
ボクといれば退屈しなくて済むよ」
『そういう問題じゃないっての…』
お前のは賑やかさではなく、ただただ鬱陶しいんだよ…。
話の噛み合わなさに絶望し、それ以上の追及は諦めた。
暫くその場に沈黙が降りて、僕は少しずつ眠たくなってきた。
今日は訓練で派手に能力使ったし、疲れたのかもしれないな。
本当は直ぐにでも眠りたかったが近くにキリトがいるため、また夜這いされたらと思うと素直に寝れなかった。
襲いかかってくる眠気に抗っていると何を思ったのかキリトが僕の直ぐ近くに移動してきてベッドの端に座った。
そして、僕の目元に手袋をしていない方の手を置く。
いきなり触れられたことで体が硬直した。
『な…っ!?』
僕が咄嗟にその手を払うより早く、キリトは僕の耳元でひそりと囁く。
「おやすみ」
その言葉が耳に入った時、プツリと思考が途切れた。
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スヤスヤと眠る主を見下げるキリト。
サラリ、と咲耶の目にかかった前髪を丁寧な手つきで避けてあげた。
「ふぅ、全く。
手のかかるご主人様だね」
皮肉った言葉とは裏腹にキリトの声音は優しい。
ベッドに腰掛けたまま、キリトは咲耶の寝顔を穏やかに見つめる。
彼は、元々マフィアの雇われ暗殺者であり、咲耶を殺すつもりだった。
しかし、暗殺は容易く失敗し、何の因果か咲耶の護衛を任された。
「僕が誰かを護るなんて、びっくりだね」
キリトは幼い頃両親に自身の能力を恐れられ、マフィアへ売られた。
泣き言など許されず、人を殺すためだけに能力のコントロールを叩き込まれ、完全無欠であることを強いられた。
ー「辛くないの?」
優しさゆえに殺人鬼になりきれなかった同期に聞かれた質問にもキリトは笑顔で答えたのだった。
ー「分からないよ。
最初からそんな感情もってないから」
誰かの命を奪うことで、キリトは生き延びてきた。
護るなんて以ての外。
自分の命を繋ぐことしか考えていなかった。
だから、咲耶との出会いはある意味キリトの思考に大きな打撃を与えた。
咲耶の写真を見せられた時、彼の中に沈んでいた庇護欲が目覚めたのだ。
「…咲耶といると、何だか人間らしくなれる気がするんだよね」
キリトは瞼を下ろしたままの咲耶の頬をなでてポツリと呟いた。
マリオネットのようにマフィアに従っていた彼は、咲耶といると心が満たされるような感覚を持った。
何をしても心が動かないキリトにとって初めてだった。
キリトはそっと咲耶から手を離す。
「…さーて、仕事しますかねぇ」
キリトはぐっと伸びをしてから徐ろに立ち上がると、さっと暗器を取り出した。
そして、その内の一つである尖ったナイフをヒュッとドアに投げ突き刺す。
「…ねぇ、出てきなよ。
いるんでしょ?」
ドアの向こうへ殺気をばら撒きながら、低い声を出すキリト。
その僅か3秒後にはドアが開かれ、全身を黒で覆った男達が部屋に流れ込んできた。
キリトは暗殺者の人数を見て、口角を釣り上げた。
「ふふっ、たかが5人でこのボクに対抗できると思ったの?
最高に馬鹿だねぇ」
心底愉快そうにクスクスと冷笑を零したキリトは、更に殺気を濃くして暗殺者を見やった。
「…君等さぁ、
ボクの主を狙うなんて、
死ぬ覚悟はできてるんだよね?」
ギラギラと見開かれた金色の瞳が光る。
殺意が込められた視線に、男達は自らの死期を悟った。
その後、キリトは眠った咲耶を起こさないように最小限に音を抑えて侵入者を一人残らず刈り取ったのだった。