犬神君 ✕ ヤンデレ

どうしようもない世界で君と。




目覚めると、保健室のベッドの上だった。



「あ、起きた」

『…キリト』

「一応解毒はしたけど、大丈夫?」



 キリトは僕の額に手を当てると「熱はないね」と確認した。
 いつものハイテンションではなく、穏やかな口調だった。



『…平気だ』
 


颯は、と聞こうとして止めた。

多分、奴はもうこの世にはいないのだろう。
 僕に手を出せば、キリトでなくとも誰かの手によって手が下されていたのだから。



「…あの人の最期の言葉、聞きたい?」



 キリトは僕の気持ちを知ってか知らずか、残酷な質問をしてくる。

颯の遺言…。




『……何だよ』




 聞かないほうが良いとわかっていても聞いてしまうのが僕の悪いところだ。
 最期を看取れなかったのなら、せめて恨みの言葉くらい聞こうと思った。


キリトは僕の返事に頷くと、無表情のまま告げた。




「ごめんね、咲耶」




…なんで。

……なんで、恨みの言葉じゃないんだ。




『………、そう思ってたんなら、やめろよ』




 色々な感情が沸き立って、混ざり合って、
どうしようもなく顔が歪む。


ごめんね、なんて事後だ。


 颯が何の理由も裏切るわけがないことは分かっていた。
だからこそ、胸に深く突き刺さった。



誰かからの圧で苦しんでいたのなら。
もっと、早く気付いてやりたかった。




『…大事だったのに』




針の筵のようなあの家で。
どこにも居場所がなかったあの家で。
 颯の優しさが目に染みるほど嬉しかったんだ。

 僕の追憶の中でアイツはいつでも優しく笑っていた。



ー「咲耶」



もう、全てが終わってしまった。



すると、側にいたキリトが僕の目元にハンカチを当てた。


ハッと気づけば、頬を涙が伝っていた。
泣くのなんていつぶりだろう。



「そーいう甘さが自滅に繋がるんだよ」



 キリトは可哀想なものを見る目をして、僕の涙を拭う。

 そうだ、キリトの言う通り、僕は甘さを捨てるべきだった。
 幼い頃も、信じていた侍従に騙されて手をかけられそうになったことがあった。
 今回も、その二の舞いでしかない。

 悔しさと悲しみからぐっと拳を固く握りしめていたら、キリトはハンカチを置いて、僕の手を両手で包むと力を抜けさせた。



「まぁ、何回でも信じて裏切られればいいさ。
 その度にボクが神様みたいに救けてあげる。
 僕がいれば簡単には君を死なせないよ」
 


 にこやかに微笑むキリトは、片手で僕の髪を梳いた。
コイツは優しいのか薄情なのか分からない。
…まぁ、多分後者なんだろうけど。


 フォローになってない護衛の言葉に僕は思わず笑ってしまった。



『…お前、ほんとイカれてるよ』



誰が好き好んで裏切られたがるのか。
そんなに僕の傷つく様が見たいわけ?
全く、意味がわからないな。


 それでも、離れていかないキリトの存在に、
胸が軽くなった。
 全く、こんなヤツに絆されるなんて馬鹿みたいだな。


…だけど、もしも。

 この先何があってもコイツが救けてくれると言うのなら。
 僕は少しだけ誰かを信じて、自分を許して生きていけるような気がした。


『…僕以外を守ったら殺すからな』


 キリトにツンケンしながらそう言ったら、思い切り抱きしめられた。


「分かってるよー。
 ご主人様、だーい好き」


 全力で嫌がる僕を無視して、キリトは甘い甘いセリフを口にした。


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