お前の全てを奪いたい【完】
「どうかしたのか?」
「い、いえ! 大した事じゃ無いので!」
「そうか? ならいいけど。つーかお前の顔色もだいぶ良くなったし、そろそろ帰るか」
「あ、そうですよね。付き合わせてしまってすみませんでした。私はこっちなので……」

 環奈の表情が曇った事は気になるものの本人が何でもないというなら深く聞けない俺は理由を聞く事を諦め、顔色が戻ってきたのと時間も遅い事から、そろそろ帰ろうと告げる。

 時刻は午前三時を過ぎた頃。

 当たり前だが、周りに人は歩いていないし車すら通らない。

 そんな中を環奈は一人で帰ろうと自宅のある方角を指差して歩いて行こうとする。

「待てよ。送る」
「え? 万里さんもこっち方面なんですか?」
「いや、俺は逆方向」
「それじゃあ、送ってもらうなんて出来ません」
「阿呆か。こんな時間で人も居ねぇ中、女を一人で帰せる訳ねぇだろーが」
「で、でも……私の家、ここからだと徒歩で二十分くらい掛かりますし……。それなら私、タクシー呼びますから」
「いいから行くぞ。二十分くらい、話してればすぐだろ? その程度の距離でいちいち金使うのは勿体ねぇって。どうせ俺の家もここから少し距離あってタクシー拾おうと思ってたから、お前を送ったらタクシー呼ぶよ」
「でも……」
「良いから、行くぞ」
「万里さん……すみません、ありがとうございます」

 いくら異性に興味は無くとも深夜に女一人で帰すなんて出来ない俺は環奈が気にしないで済むよう言い聞かせると、これ以上何か言われないうちにさっさと歩き始めた。

 そんな俺に感謝しつつ、環奈は後を追って歩いてくる。

 こうして俺が環奈を家まで送る事になり、着くまでの間、二人で他愛の無い話を楽しんだ。

 出逢ってここまで距離が縮まったのも、環奈が初めてだった。
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