お前の全てを奪いたい【完】
 いくら何でも、あんなクズな男の彼女が環奈の訳が無い。

 そう自分に言い聞かせるも、あれからどうしても気になった俺は何も手につかなくなる。

(駄目だ……確かめねぇと気が済まねぇ)

 これでは仕事にならないと判断した俺は礼さんの元へ行き、

「礼さん悪いけど、今日は帰らせてくれ」

 ここで働くようになってから初めて、早退する事を申し出た。

「どうしたんだよ、お前が勤務中に帰るだなんて」
「どうしても気になる事があるんだ」
「…………まあ、お前がそこまで言うんだから、余程の事なんだろ。たまにはいいさ、今日は常連の姿もねぇみてぇだしな」
「あざっす、礼さん!」

 普段は絶対こんな事はしないし今日は常連が来る予定も無いことから、礼さんの了承を得た俺はさっさと着替えを済ませると急いで店を後にしてHEAVENへと向かった。


「あれ? 芹さん珍しいですね、営業時間中に来るなんて」

 HEAVENに着くと、顔馴染みのボーイが俺を見て驚いていた。

 確かに、いつもは営業時間外で来る事しかないからその反応も頷ける。

「明石さん居るか?」
「はい、事務所に居ますよ」
「分かった。話あるから邪魔するぜ」

 明石さんが事務所に居る事を確認した俺はそのまま事務所へ向かい、

「明石さん、お疲れ様っす」
「何だ? 万里じゃねぇか。お前、勤務中じゃねぇのかよ?」
「今日は特別に帰らせてもらったんです」
「へえ? 珍しい事もあるもんだ」
「今日って環奈、来てますか?」
「ああ、けど今接客中だぜ? 新規でバンドマンの男二人の席に着いてる」
「バンドマンの男……」

 あの時の話は環奈の事では無い、それを確かめに来たはずだったのに、明石さんのその言葉を聞いた瞬間、俺の身体は怒りで震えそうになった。

「明石さん、ちょっと頼みがあるんすけど……」

 そして、その怒りを抑えつつ、俺はある事を明石さんにお願いする事にした。
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