お前の全てを奪いたい【完】
「あ……」

 突然の事態に環奈は小さく反応したものの、まさかアイツが自分の男と言う訳にいかないからか、寂しげで、どこか悲しそうな表情を浮かべたまま、その場に留まっている。

「どうした? あの男、環奈の知り合いか?」

 俺は知ってて、わざと問う。

「……は、はい……その……知り合い……なんです」
「ふーん? それじゃあ、悪い事したな。あいつの方が先にお前を指名していたのに」
「い、いえ、そんな事は……。大丈夫です……」

 俺の問いに答える環奈はどこか気まずそうだ。

(何でだよ? 何であんな男の事……。そんなに、アイツがいいのかよ?)

 分かってる。そんな事思ったって、仕方の無い事だと。

 あんなクズでも、もしかしたら、環奈の前でだけは【良い人】なのかもしれねぇから。

 かく言う俺だって、『芹』としてreposで働いている間は、【良い人】の仮面を被ってるから、人の事をとやかく言えた義理じゃねぇんだと。

 けど、俺は大切な事を思い出す。

 環奈の身体に痣があったり、少し前も顔を腫らしていた事を。

(あれがもし、殴られた痕だとしたら……環奈はアイツに?)

 環奈の事をぞんざいに扱っているだけではなく、手を出しているとなれば話は大いに変わってくる。

(アイツのあの怒りよう……もしかしたら環奈に当たる可能性もある……そうなると、一人には出来ねぇ……よな)

 未だ落ち込み気味の環奈を前にした俺は、

「なぁカナ、今日この後、アフター良いか? 話したい事があるんだ」

 アイツの元に帰したくないのと、二人きりで会いたい事もあって、アフターの誘いをする。

「…………えっと……その……」

 けど環奈は迷っているようで、即答しない。

「頼むよ、カナ」

 俺は狡い事をしてると思う。

 こうして強く言えば環奈は決して断らない。

 それを分かっていてわざとしつこく誘っているんだから。


 結局、そんな俺に根負けした形で環奈はアフターを了承してくれて、勤務時間外でも一緒に居られる事になった俺は営業時間終了と共に事務所へ足を運び、明石さんに改めて礼を言った後、着替えを終えた環奈と共に夜の街へ繰り出す事になった。
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