お前の全てを奪いたい【完】
SECOND
 環奈を好きだと気付いてからというもの、どうしたものか、俺はどうにも仕事での調子が出なかった。

「ねぇ芹、聞いてるの?」
「ん? あ、ああ、聞いてる……」
「嘘! このところの芹、何だか雑じゃない? 私、悲しい……」
「……悪い」

 仕事に私情を持ち込むのはNGだし、客にそんな事を言わせるのはプロとして失格だ。

「真美、悪かったよ。今日は、俺からアフター誘ってもいいか?」

 すっかり機嫌を損ねた真美に謝り、普段は自分から誘う事のないアフターの話を出してみる。

「…………本当に、悪かったって思ってる?」
「ああ」
「今日、いっぱい愛してくれる?」
「ああ」
「……それなら、許す」
「ありがとうな、真美」

 何とか真美の機嫌が直った事にホッと胸を撫で下ろした俺はいつも通り接客を終え、約束通り真美と行きつけの店で食事をして、そのままいつものホテルへと足を運ぶ。

 ここまではいつも通りで、今までならば仕事だと割り切れていた。

 だけど、ここ最近はどこか割り切れない自分がいた。

 機嫌をとる為だったとはいえ、アフターに誘った事を早くも後悔し始めた俺は、真美がシャワーを浴びる中、どうにか割り切ろうと騒がしい心を落ち着かせていた。

 今の時間はアフターなので、諸々の料金は全て真美持ちだし、こうしてホテルに来る時はチップとしていくらか金を貰う。

 ここで彼女の機嫌を損ねようものなら、今度こそ怒って暫く店にも来なくなるだろう。

 シャワーを終えた真美は早速俺の元へ近付いてくると「……芹……キス、して?」とキスを強請ってくる。

 今までなら、こんなの当たり前の行為だった。

 寧ろ言われる前に俺の方からキスしてムードを作り、さっさと終わらせる為に、一方的に抱いていた。

 それなのに、今はキス一つするにもどこか躊躇いが生まれていた。

(これは仕事で、金の為……。全て、演技だと思えばいい)

 好きな奴が出来た、ただそれだけなのに、好きな奴以外に触れる事すら躊躇うなんて、思いもしなかった。

「……芹……、もっと……」
「――いいから、もう黙れよ」
「んんっ」

 一瞬、環奈の事が頭に浮かんだけれど、他の女を抱きながら環奈を想う事もしたく無かった俺はその存在を打ち消し、ただ無心で真美を満足させていった。
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