お前の全てを奪いたい【完】
「ねぇ芹ぃ、今日はラストまで居られるからさぁ、終わったらいつものところ、行こ?」

 席に着き、高い酒を次々と注文していく彼女、櫻庭(さくらば) 真美は国内外のアパレル企業で名を轟かせている櫻庭ホールディングスの一人娘で、とにかく金回りが良い。

 それでいて親が彼女には甘いようでカードも預けているし、こうしてホストクラブに入り浸って一夜で何百万と使っていても大して咎められないとか。

 真美は、俺の腕に自身の身体をピタリと付け、胸元を強調しながらアフターに誘ってくる。

「あー、ごめん、今日は駄目なんだよ」
「え~? まさか、他の女と約束してるの?」
「いや、違うよ。今日は店長の付き合いで行くとこがあるんだ。だから、また今度な?」
「……本当に?」
「ああ、本当だって。つーか、真美が一番だって、いつも言ってるだろ?」

 真美の頬に手を掛け、顎を持ち上げて見つめ合うと、彼女はキスされるとでも思ったのか艶っぽい表情を浮かべた後、瞳を閉じて唇を奪われるのを待っている。

 けれど俺にそんな気はさらさら無くて、親指の腹で真美の唇をなぞりながら耳元に顔を近付け、

「――キスはまた今度、ベッドの上で、な」

 そう囁くと、真美は頬を紅く染めながら、

「やだもぉ、芹ってばぁ」

 なんて言いながら満更でも無さそうな顔をしているから、やっぱり女は単純だなと思った。

 勿論、こんな台詞は真美一人だけに言ってる訳じゃない。

「失礼します。芹さん、今野(こんの)様がお見えになってます」

 俺たちの席に黒服がやって来て常連が来た事を告げるや否や、真美の表情がみるみる険しいものへと変わり、あからさまに機嫌が悪くなる。

「今野って、あの地味女よね? 私と芹の邪魔するとか本当失礼だわ」

 おまけに俺の常連だと分かった上で、相手を貶めるような言葉を放つものだから、

(毎度の事ながら、コイツ本当性格悪過ぎだろ)

 真美の性格の悪さに心底ウンザリする。

「悪いな、ちょっと行ってくるわ」

 怒りを露わにする真美の頭を軽くポンと撫でながら声を掛けて俺は別の客の席に向かって行った。
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