Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「あ、お帰りなさいっ。クロードさん、両親にお花を贈ってくださったんですね。おばあちゃんからさっき写真が届いて。わざわざありがとう、ござい、ました……」
弾んだ声は、尻すぼみに小さくなる。
「花? あぁ、気にするな。当然のことをしたまでだ」
言いながら近づいてくる彼の浮かない表情で、この後の展開が大体読めてしまったから。
「何か、あったんですか?」
見上げて聞くと、躊躇うようにその視線が揺れる。
「……すまない。仕事でトラブルがあって、急遽行かなきゃならなくなった」
あぁやっぱり。
予感は当たってしまった。
漏れそうになったため息を飲み込んで、申し訳なさそうに眉を下げる彼へ笑顔を向けた。
「謝らないでください。お仕事じゃ仕方ないですよ。もう十分お祝いしていただきましたし」
本当は、行かないでって言いたい。
電話の相手は女性だったじゃないですか、って。
もう夜の9時近い時間なのに、今から一体どんな仕事があるっていうんですか、って。
でも言えないよ……せっかく楽しかった誕生日を、台無しにしたくない。
そして、この不安の正体を、知りたくない。
私は……意気地なしだ。
「本当にすまない」
「謝らないでくださいよー平気ですから!」
白々しく響く明るい声。
幸い彼は気づかなかったみたい。
「そうか」とホッとしたように微笑んで手を伸ばし、いつも通り私の頭をくしゃりと撫でた。
「最後はバースデーケーキにしてもらったんだ。会計は済ませてある。ゆっくり食べて行ってくれ」
「はい、そうします。クロードさんの分も食べちゃおうかな」
「あぁ、もちろんそうしてくれ。タクシーを頼んであるから、帰りはそれに乗って」
「了解です」
私が答えると、彼は慌ただしく踵を返す。
その長身がドアの向こうに消えていくのを、私はじっと見つめていた。
消えない不安を、胸に抱えたまま。
その夜、クロードさんは帰ってこなかった。