Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「ほんとに大丈夫?」
「うん、平気平気。ごめんね、穴あけちゃって」
ホールへ戻った私は、再びドリンクサービスの仕事に戻ろうとしたのだけど香ちゃんに止められた。
まだ顔色があまり戻ってなくて、心配してくれたようだ。
「ねぇ、もしかして……おめでた、とか?」
「え!? まままさか! 違うよ!」
期待に満ちた目で聞かれて、大慌てでぶんぶん首を振った。
既婚女性が体調不良、ときたら、そうだよね、普通はその可能性を疑うか。
「体調悪いなら、調べた方がいいんじゃないの?」
調べるも何も、そもそもの行為がありませんから!
「大丈夫、その可能性はないから」
悲しいくらい全力で否定して、さっき学くんに偶然会って貧血の診断をもらったことも伝えると、ようやく納得してくれたみたい。
ただ、このまま表の仕事はしんどいだろう、ということで、私はバックヤード専属に配置換え。厨房へ移動した後は、戻ってくるお皿やグラスをひたすら洗浄機に突っ込み、取り出し、を繰り返すことになった。
それはそれで結構体力のいる仕事だったものの、正直もう一度会場内でクロードさんや高橋さんと顔を合わせる気にはとてもなれなかったし、これはこれでよかったのだと思う。
その後、パーティーが終了。
ある程度片づけにも目途がついたところでバイト要員は解散となった。
そういえばいつの間にか知依ちゃんの姿が消えていたけど、心配はしてない。
きっと今頃彼氏とラブラブなんだろうから――私たちと違って。
更衣室で、スーツから自前の服に着替えた私はずっしりと重たい疲労を抱えつつ、「お疲れさまでした」と他のバイトさんたちに挨拶。ドアを開けた。
「っ!?」
瞬間、思わずその場に糊付けされたみたいに固まって、絶句した。
従業員専用の地下廊下。
コンクリートむき出しのその壁に、ダークグレーのスーツに身を包んだ美貌の貴公子が、もたれていたから。
私に気づくと静かに流し目を寄越し……そんな些細な仕草さえも、ファッション誌のカメラマンが歓喜しそうなワンショットに見えてしまう人。
クロードさんだった。