Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「とりあえずお水くれない? 走ってきたから喉乾いちゃって」
「はぁ? このクソ暑い日に何やってんだか」
呆れながらも、柊馬はグラスに水を汲んでくれた。
「つーか姉ちゃん、顔、白くねえ?」
「え、何、ファンデ塗りすぎって貶してんの? 色白って褒めてんの?」
「違うって。なんか顔色悪――」
覗き込まれてギクッとしたところで、テーブル席のお客さんから声がかかった。
「ライトのせいでしょ。ほら、仕事しないと。私のオーダーは後でいいよ」
少しだけ怪訝そうな顔をみせてから、そちらへと向かう柊馬。
遠ざかっていく背中に胸を撫でおろした私は、グラスの水を一息に飲みほした。
柊馬が大学生活の傍らBlueMoonでバイトを始めて、もう半年くらいだろうか。
すっかり慣れて、ユニフォームの黒ベストだってサマになってきて。
仕事ぶりについては全く心配してない。
我が家は両親がすでに亡く私が保護者代わりっていう事実もあって、多少過保護気味になってしまうところはあるけれど。
天然気味の私よりしっかりしてるし、勉強との両立だってちゃんとできるって信じてる。
それでも会社から駅への道すがら、たびたびこのバーへ立ち寄ってしまうのには、個人的な理由がある――1人で帰りたくないのだ。
ため息をついて、スマホケースを開ける。
そのポケットから取り出したのは、古ぼけた栞。
紺色の台紙にジャスミンの押し花を貼り付けた、お手製のものだ。
「まさか待ち伏せされるなんて……どうしよう、学くん」