Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「知ってたわけじゃないの。ただ、何かの雑談の折に、うちの大学の研究機関に勤めてるって言ってたのを覚えていたのよ。それで、大学の人事に問い合わせたの。すでに退職していたけれど、幸い同僚だったという人が連絡先を知っていた。S市で小さな塾をやっているようだ、と教えてくれたわ」
「S市で、塾……」
ドクン、ドクン、ドクン……
心臓が不穏に揺さぶられる。
この話の流れだと、つまりその男性というのが……
「私の、父、ですか?」
掠れた声で聞くと、桜木さんは重々しく頷く。
お父さんに、恋人と、赤ちゃんが、いた……?
ぐらぐらと視界が揺らぐ。
情報量が多すぎて。
ソファの端を強く掴みふらつく身体を支える私を痛まし気な眼差しで見つめて、桜木さんは再び口を開く。
「それで私は、その情報を先方に伝えた。いいえ、“売った”のね。それから半年後、宮原さんは襲われて……。関係ないのかもしれないけど、どうしても気が咎めて、お母様に手紙を送ったのよ」
お母さんは、どれほどショックだっただろう。
まさかお父さんに、子どもがいた、とか聞かされるなんて。
「母は……大丈夫でしたか? その話を聞いて」
「あぁ……そういえば、割と冷静に聞いてらしたわ。もしかしたら、ご主人から子どものことは聞いていたのかもしれないって、チラッと思ったくらいよ」
知っていた?
どうして私や柊馬には、何も教えてくれなかったの?
「晴美さんが熱心に知りたがったのは、子どものことより、私から情報を聞き出そうとした、その人物についてだったわ。でもあの事件の後、海外勤務になったそうで、その人は日本にはいなくて……」
曖昧に乱れる頭の中に、まだまだ言葉が流れてくる。
しっかり、しっかりしなくちゃ。
そうよ、もしこの件がお父さんの事件に関わってるのだとしたら、その人物が関係者ってことに――え、ちょっと待って。
あることを思いついて、私は背筋をしゃんと伸ばした。
「ご主人の勤務先の役員、っておっしゃいましたよね。もしかしてその会社って、リーズメディカルじゃありませんか?」