Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
いきなり割り込んできた、悲鳴のような甲高い声に、私たちは同時に和室の入口へと視線を向けた。
そこに現れたのは――
「知依ちゃん!?」
「ひどいよ何もしないって言ったじゃない! 話を聞くだけだって!!」
泣き叫びながら私へと駆け寄ろうとした彼女は、後ろから追いかけてきたらしい黒スーツ姿の男にすぐ羽交い絞めにされてしまう。
「茉莉花ちゃん、ごめん、ごめんね! わたし、こんなことになるなんて……ごめんなさいっ……」
もしかしたら、彼女は香坂に利用されてたんだろうか。
私の動きを見張るために……一体いつから?
綺麗なメイクが溶け落ちるほどの勢いで泣きじゃくる彼女を見つめる香坂の眼差しに、愛情は一滴もなくて。
冷酷に舌打ちする彼を見て、ゾッとした。
「お願い、知依ちゃんにひどいことしないで」
湧き上がる怒りを懸命に抑えて頼むと、相手はあっさり応じた。
「もちろん、そのつもりだよ。君が大人しく言うことを聞くなら、ね」
「わかりました。言う通りにするから……」
答えながら、知依ちゃんへ向けていた視線を手元のカバンへさりげなく戻した。
カバンの中に突っ込んでいる手をそっと動かし、トウガラシスプレーの横にあったICレコーダーのスイッチを入れる。
そして、トウガラシスプレーを勢いよく取り出して畳へ放り、白旗の意志を示して見せた。
とにかく話を続けて、時間を稼ごう。
もしかしたら、今おばあちゃんが入院中だって知ってる近所の人が、明かりがついてることを不審に思ってくれるかもしれないもの。
「どうせ家の周りにも仲間がいるんでしょう。逃げても無駄だってわかってるから、大丈夫よ。逃げるつもりもない」
カマをかけてみると、香坂の表情が満足げに歪んだ。
やっぱりまだ仲間がいるんだ。
萎えそうになる気持ちを必死に奮い立たせ、「茉莉花ちゃん……」と後悔に塗れた視線を向ける知依ちゃんに微笑んで見せる。
「――でもその前に聞かせてくれませんか、いろいろ謎が多すぎるもの。このままじゃ知りたくて知りたくて死んでも死にきれなくて、化けて出てきちゃいそうな気がする」
「日本語で言う、冥途の土産、というヤツか。……まぁいいだろう」
ほんの数秒考えただけで、香坂は仕方ないなという風に肩をすくめた。
土足のままやってきて中央の座卓へ腰を下ろし、優雅に足を組む。
そこは座るところじゃないんですが、という不満はぐっと耐えた。