Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
――お人好し過ぎだったのよ、赤ん坊を引き取るなんて。学費だって食費だって一人分余計にかかるのよ? 成哉ちゃんにかけられるはずのお金が減るってことじゃない。
――お義母さん、私たちだって散々考えました。ただあの頃は妊娠しにくいって診断されて悩んでもいたし、彼も賛成してくれて……
――今は成哉ちゃんがいるじゃないの。あの時とはもう状況が違いますよ。だいたい昔の友達って言ったって、素性もわからない女の子どもじゃないの。
――素性がわからないわけじゃありません。ただご両親がもう亡くなっていて、頼る人がいなくて……
困った様に話す女性は、俺の育ての母親。各務直子。
彼女を責めているのは、その姑。
リビングのドアの向こうで盗み聞きしてるのは、中学生の俺――
思い出した。
これは、俺が各務の実子じゃないと初めて知ったあの日の記憶だ。
どうして両親や成哉、祖父母との仲がしっくりいかないのか、壁を感じるのか、ずっと感じてきた疑問がやっと解けた日だった。
これは……走馬灯、というやつだろうか。
死の直前に見るという、人生の記憶の数々。
あぁそうだ。真実を知った俺はこの後家を飛び出し、彷徨った夜の街で富田と言葉を交わすようになる。
特別仲がよかったわけじゃないし、群れてる意識もなかったが、奴らと一緒に何度か補導されるうちに“不良”というレッテルを貼られた俺は、家でも学校でもさらに居場所を失っていく――
――ねぇ君、暇してるんならさ、一緒に来ないかい?
下手なナンパみたいな台詞が聞こえた。
次の記憶は、先生――茉莉花の父親に初めて声をかけられた時のもののようだ。
確か、中2の秋ごろだったか。
――は? あんた誰?
――キズナっていう場所があるんだ。知ってる? ご飯も食べられるよ。ぜひ来てほしいな。
学習塾の傍らフリースクールをやっているというあの人に、俺は最初反発してばかりいた。
憐れまれるなんてまっぴらだと。
――行かない、っつってんだろ。しつこいな、オジサンも!
ところが何度断っても、あの人は諦めなかった。
飯はちゃんと食ってるか、学校に友達はいるのか、勉強にはついていけてるか……他愛もない会話の合間に、俺の生活を気遣う。
それは、ボディーブローのようにじわじわと効いてきた。
――ほんっとにお節介だな、あんた。
――お節介上等だ。世界はお節介でできてるんだぞ!
――………。
下手なギャグに絆されたわけじゃないが、ついに俺の方が根負けした。
一度だけだと言い訳しながらキズナを訪れて……そこで、君に会ったんだ。茉莉花。