Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
――茉莉花! 茉莉、ゲホゲホッ……
室内には煙がかなり入ってきていた。
幸い彼女は窓のすぐ内側に倒れていて、探すのに苦労はしなかった。
――茉莉花! しっかりしろ!!
抱き起すと意識はあるようだが、もう言葉を発するだけの気力は残ってなかった。
――もう少しの辛抱だからな!
無我夢中でベッドのシーツを剥がし、彼女をくるむようにして背中に背負う。
窓からもう一度、今度は彼女と一緒に外へ。
梯子が遥か下にあるように感じて、一瞬恐怖に襲われた。
窓枠に縋り付いた両手の感覚が、次第になくなっていく。
もうダメか、と覚悟した最後の瞬間、足が梯子を捉えた。
そして消防車のサイレンも聞こえてきた――助かった。
――君! その子をこっちへ!
はしご車から伸びた梯子の先で、消防士が手を差し出してくれた。
なんとか茉莉花の身体を渡し終え、ホッと気が緩んだ次の瞬間。
足がずるっと梯子から外れた。
しまった、と思う間もなく一直線に落ち、全身が地面に叩きつけられた。
――う、……っ
束の間途切れた意識は、茉莉花の泣き声で再び浮上した。
――学くん学くん、うぁああああああん!
身体中が軋んで痛かったし、右足はどこか骨折でもしてるのか全く動かない。その上、彼女は俺じゃない男にしがみついて泣きじゃくってて……
くーん、くーん、と甘えるような鳴き声が聞こえ、小さな濡れた鼻が頬に押し付けられた。
――きなこ……
俺を心配してくれるのは、お前だけか――いや、それがなんだっていうんだ。
彼女は助かった。死ななかった。
それ以上に望むことなんて、何もない。
その時、俺は自覚した。彼女に抱く特別な想いを。
ようやく気付いたんだ。自分の命より何より大切な、愛しい、その存在に――