Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
また場面が切り替わる。
事件の後、偶然にも茉莉花と同じ病院に入院してた頃のワンシーンだ。
ギプスをはめた足で松葉杖をつき、彼女の病室を伺う俺が見える。
最初は、先生を助けることができなかったのにどの面下げて会いに行けるのかと、なかなか中へ入れなかった。けれどある日。
――いや、いやっお父さん、お父さんっっ!!
薬が効いているのかよく眠っていた彼女が、いきなり叫び出した。
思わず駆け寄ると、あの夜の夢を見ているんだろう、眠ったままひどく魘されていた。
――大丈夫だよ、大丈夫、もう怖くない。怖くないから。
彼女の手を握り、頭を撫でてやる。
しばらくすると、安らかな呼吸に戻ってホッとした。
そんな場面に何度か居合わせ、そのたびに頭を撫でて大丈夫だと囁き続けた。
先生を生き返らせることはできないけれど、なんとか彼女をぐっすりと眠らせてやりたい。
何かできることはないかと考えていた時、通りかかったナースステーションで看護師たちの会話がふと耳を掠めた。
――茉莉花ちゃん、嗅覚がまだ戻らないみたい。どんなものも煙の匂いがしちゃうんですって。
――それじゃ食事も美味しくないわよねえ。どうりでほとんど食べてないはずだわ。
俺はあることを思いつき、病院内にある花屋へ向かった。
煙以外の匂いを、楽しい記憶を、思い出して欲しいと思ったからだ。
――ジャスミン? うちには置いてないわね。あれは香りの強い花だから、お見舞いには向いていないのよ。
入院中の俺に、外の花屋まで行くのは難しい。
がっくり肩を落として帰ろうとすると、可哀そうに思ったのかスタッフの女性に呼び止められた。
――そんなに欲しいならうちにちょうど今咲いてるから、今度持ってきてあげるわ。
それからは、見舞いのたびにジャスミンの花を彼女の枕元に置くようになった。
花の香りで少しでも安らかな眠りをと、祈りを込めて。
そんな単調な、けれど穏やかな日々は、長くは続かなかった。
――各務蔵人くん、あなたね、茉莉花のところにいつもお花を届けてくれるのは。
ある日、いつものように彼女の病室へ入ろうとしたところで声をかけられた。
振り返るとやつれた顔の女性が立っている。
茉莉花の母親だった。
――娘の命の恩人にこんなこと言いたくないんだけど……これ以上、茉莉花に近づかないで欲しいの。夫は、あなたのせいで殺されたのよ。
最初、何を言われているのかわからなかった。
火事から先生を救えなかったのは事実だが、俺が殺した、というわけじゃない。
どういうことかと首を傾げる俺へ彼女が語りだしたのは、先生から聞いたという俺の生みの母親についてだった。
俺はその時初めて知ったんだ。
先生が、俺の実母――楠本美里の幼馴染であったことを。