Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
事件の2か月前、リーズメディカルという会社の社員がやってきた時に、先生が晴美さんに言ったそうだ。厄介なことになるかもしれないと。
そうして俺は、自分の父親が誰かを教えられた。
リーズグループ現総帥の兄、李宇航――と言われても、あまりにもデカすぎる存在だったせいか、実感はまるで湧かなかった。
むしろ、自分の中に外国の血が流れていることの方に単純に驚いたくらいだ。
――リーズグループは、あなたを後継者としてシンガポールに迎える気だったようね。お金ならいくらでも出すから、とあの人に迫った。でも彼は申し出を断ったわ。
――断った?
――えぇ。美里さんは交際中、彼の実家や正妻の女性から相当執拗な嫌がらせを受けたみたい。“この子の父親の親族を名乗る人間がやってきても、決してこの子は渡さないで欲しい”って死の間際に懇願したそうだから。
しかし、相手はそう簡単に諦めるだろうか。
実際、リーズメディカルの社員は、「リーズグループを怒らせるとどうなるかわかりませんよ」と脅しともとれる言葉を吐いて行ったという。
不安を感じていた時に起きたのが、あの事件だった。
――あなたが悪いわけじゃないってわかってはいるのよ。もしかしたらリーズグループは全然関係ないのかも。でも、どうしても……考えてしまうの。あなたさえ生まれてこなければ、今も夫は……
何も言えなかった。
彼女の気持ちは、十分すぎるほど理解できたから。
俺は、これで最後にするからと約束し、茉莉花を見舞った。
残念ながら彼女は検査中なのか不在。
ちょうどよかったのかもしれない。
顔を見てしまったら、立ち去りがたくなるところだ。
最近では魘されることもほとんどなくなったようだし、きっと彼女は笑顔を取り戻せる。
その場に自分がいられないことは残念だったが、俺などいない方が彼女は幸せになれるだろう。
最後のジャスミンを主のいないベッドの枕元に置く。
――これでお別れだ、茉莉花。
そうして病室を出てエレベーターへ乗り込もうとした時だ。後方からパタパタと軽い足音、続けて愛おしい声が追いかけてきた。
――学くん! いつもお花ありがとう!
振り向きたい、俺は藤堂じゃないと叫びたい、そんな気持ちを必死で抑えた。
彼女にとっては、藤堂が来てくれたという記憶の方が幸せに違いない。俺に見舞われるよりずっと。
――茉莉ちゃん。君が笑ってくれたら、僕も嬉しいよ。
だからあいつの口調をまね、あいつのふりをした。
そして、二度と見舞いにはいかなかった。
それから俺は15歳でもできる投資で金を稼ぎ、今まで俺のために使わせた金を各務家に返した後完全に縁を切り、渡米した。
飛び級で大学まで卒業し、目をかけてくれたベッカー夫妻の養子となり、投資家としてのキャリアを積み……23歳の時、俺はついにフレデリック総帥と対面することになる。