Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
――上司のセクハラだけじゃない。Xだっているわ。富田の話から考えると、Xは翠蘭様じゃない。別の人物だと考える方が自然でしょう? 富田と接触したことがXにバレて、わたしたちの存在に気づいたら? Xはどうするかしら? 自分が残したかもしれない足跡を、すべて消そうと考えるかもしれないわ。
――つまり、茉莉花を狙うかも、ということか。
15年も経ってから? そんな馬鹿な、と思う一方で、一抹の恐怖が過る。
15年も執念深く事件を追い、ようやく富田の居場所を探り当てた男がここにいるんだ。Xが茉莉花の存在を覚えていることだって十分あり得る。
加えて、彼女は事件後警察の聞き取りに対して、「犯人の顔は見なかったが、どこかで聞いたことのある声だった」と答えている。
記憶の扉がいつか開くかもしれない、その可能性をXが重く見たとしたら……
――セキュリティ完備のマンションに匿えば、それだけでリスクは大分減らせる。経済的な援助と合わせて、彼女の側にもメリットは大きいわ。
もっともな言い分だ、と考え始める自分がいた。
結婚に同意してくれるかどうかはわからないが、試してみる価値はある、かもしれない。
もちろん、俺は彼女に決して手を出さない。
事件が解決したら離婚するし、それより前に彼女に愛する男が出来た場合もすぐに身を引く。
戸籍に×がついてしまうのが申し訳ないが……そうだ、どうせなら離婚の際には慰謝料として金を渡そう。
俺の方の不貞という証拠でもでっち上げれば、相場より多くてもおかしくないはずだ。父親を奪ってしまった、幸せに送るはずだった時間を台無しにしてしまったことへのせめてもの償いができる。
それならきっと、彼女の母親も納得して、許してくれるんじゃないだろうか。
胸の内で散々言い訳を並べ立ててはいたものの、心の底ではわかっていた。
ただ彼女の笑顔をもう一度見たい、愛されなくてもいいから傍にいたい、そんな気持ちを、もっともらしい理由で誤魔化しているだけだということは――……
あぁ、ブルームーンの前で車から降りる俺が見えた。
無表情のようだが、口角は隠し切れない興奮と喜びで上がっている。
無理もない。もう二度と会えないと思っていた相手に、茉莉花に、15年ぶりに直接会うのだから。