Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「断ったんですか?」
売店から戻って来た茉莉花を――何も手には持ってなかったが――ベッドの縁に掛けさせ、今日の総帥の訪問について詳しく話した。
彼の提案に対する、俺の答えも。
「断った。総帥には、ならない」
――2か月も待っていただく必要はありません。お断りします。
わずかに目を見開いた彼女に、その理由を打ち明ける。
「『この子の父親の親族を名乗る人間がやってきても、決してこの子を渡さないで欲しい』、俺の母は死の間際、先生にそう懇願したそうだ」
晴美さんも言っていたが、李翠蘭やその取り巻きからよほど辛い仕打ちを受けたのだろう。
宇航の息子だと名乗り出ることがそいつらを喜ばせることになるのなら、俺は一生口を噤んでいようと思う。
もちろん不倫した母にも非はあるが、命がけで俺を生んでくれた母の最期の願いくらい叶えてやっても罰はあたるまい。最初で最後の親孝行、というやつだ。
そう締めくくると、彼女は「そうですか」と落ち着いて頷いた。
「お母様も、空の上でホッとしてらっしゃるかもしれませんね」
春の光のように温かく微笑まれて、ドキッとした。
心の奥底にまだわずかにこびりついていたものが、根こそぎ剥がれ落ちていくような心地がしたのだ。
本当に茉莉花はすごいな。
普通の女なら、総帥になれとけしかけるところだろうに。
やはり彼女を、手放したくない。
彼女以上に愛せる人なんていない。
彼女と、本物の夫婦になりたい……
――結局玉砕するのが怖いだけじゃないか。一度くらい自分の気持ち全部ぶつけてみろ。
俺はゴクリと、喉を塞ぐ何かを飲み下した。