Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「……実はな、もう一つ報告があって」
緊張して上ずった声に、彼女は気づかなかったらしい。
「はい?」と可愛く首を傾げて俺へ視線を向けてくる。
「退院したら、シンガポールへ行くことになった」
「え」
ぽかんと口をあける茉莉花。
その柔らかそうな唇から無理やり視線を剥がして、あの後総帥やユキと話し合ったことを説明した。
「これは極秘事項なんだが、現総帥・フレデリック様は今、癌を患っておられ、闘病中だそうだ。後継者が未定の段階で病気が公になると、世界規模の混乱が起きかねない。それを避けるためにも、なんとしても病気を隠し通しつつ、治療を続けてもらわなければならない。そこで、影から総帥の業務を支える人間が必要になる。少なくとも、次の総帥が決まるまでは」
「それを、クロードさんが?」
「そういうことだ」
「じゃあ、今までやってた日本の会社はどうなるんですか?」
「トップは降りて、顧問という肩書で関わっていくことになると思う」
「あぁ、そっか。なるほど」
こくこく頷いてから、彼女は何かを考え込むように視線を自分の膝へと落とす。
その物憂げな横顔を見つめながら、さぁこれからだ、と俺は呼吸を整えた。
一生言うつもりはなかった言葉。
墓場まで持って行くつもりだった言葉……
先生と晴美さんの顔が脳裏を過り、躊躇いが生まれたが、これが最後だと言い聞かせて無理やりその影を振り払う。
「あのな、茉莉花。今更だが、ずっと伝えたかったことがあ――」
「つっ、ついて行っちゃダメですか?!」