Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
エピローグ 旅立ち
そして、2か月後。
「ええと、ここはプールサイドカフェだね。バーカウンターなんかもありまーす」
手にしたスマホ(新調したヤツだ)のカメラで辺りをぐるっと映す。
手を振ってくれたバーテンダーに手を振り返してから、店内を進んで――
「それでここを抜けていくと……ほら、プールだよーっ!」
オープンテラスの向こうに広がるゆったりしたプールが見えると、スマホから歓声が響いた。
『うわっ向こうの海にまんま繋がって見える! これってインフィニティプールじゃん。船の上だからこそだな、贅沢~』
『ほんとだねぇ、綺麗だねぇ!』
柊馬とおばあちゃんの歓声を聞きながら、整然と並んだデッキチェアやパラソル、飛び込み台つきのプールやキッズ用のミニプールも余すところなく撮影する。
後で入りに来ようっと。
季節が初夏でよかった。
屋外プールに入っても全然寒くないもの。
それにしても、全長190メートル、乗客定員300名と、規模としては大きくないものの(私にとっては十分大きいけれど)、ダンスホールやカジノも備えたこんな立派なクルーズ船が航行中にも関わらずこんなに静かだなんて、前代未聞だろうな……。
『ほんとに人が全然いないんだねぇ』
『すげーな義兄さん。こんな船を貸切りにできちゃうなんて』
そうなんだよね。
全室プライベートテラスつきのスイートルーム、シェルリーズホテルが手掛けたことで話題になったこのラグジュアリーなクルーズ船が、まさかたった2人のゲストのために運航されてるなんて……誰が信じられるだろう。
私の旦那様は、想定外のことを軽々とやってのけてしまう。
「だから一緒に来ればいいって言ったのに」
散々誘ったことを思い出し、むすっとした自分のぼやき顔をカメラに映すと、おばあちゃんや柊馬が画面の向こうで顔を見合わせた。
『まぁ、オレも渡米準備があるし、さ』
『まーちゃんの新婚旅行でもあるんだから、お邪魔虫は遠慮したんだよ』
「邪魔だなんて、そんなこと……」
このシンガポール行きの船旅が新婚旅行を兼ねているのは本当だけれど、メインの目的は別なのに。
『それにしても、よかったねぇまーちゃん。こうして旅行を楽しめるくらい旦那様が回復して』
「うん……そうだね」
おばあちゃんの言葉に私はしみじみと頷いて――あの冬の夜に思いを馳せた。