Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
愛しい声が聞こえて、ハッと振り返る。
白シャツに黒のスラックス、というシンプルなファッションが高級コーデのように似合うクロードさんが、プールサイドを歩いてくるところだった。
その足取りは堂々とした確かなもので、僅かな揺らぎもない。
あぁ生きてる。
生きていてくれた。
胸の内へあふれるのは、抑えようのない歓喜――我慢できなくて、目の前まで来た彼に抱きついてしまった。もちろん傷には触らないように、手は背中に回して。
ぴったりくっついて、彼の鼓動を頬で感じながらうっとりしていると、
「茉莉花」
優しく抱きしめ返され、頭のてっぺんへキスが降ってくる。
プロポーズの後、少しずつこうして愛情を行動で示してくれるようになったんだよね。めちゃくちゃ嬉しい。
退院後はお互いいろいろ忙しく、あまり2人でゆっくり過ごす時間はなかったから、ほんとにこの旅行が楽しみだった。
まだキス以上のことはしてくれない彼だけど、きっと私と同じ気持ちでいてくれる、よね?
「もう、どこにも行かないでくださいね?」
腕の中で身じろぎ、視線だけを持ち上げて言う。
するとなぜか驚いたように目を瞠った彼は、視線をあちこち泳がせてぼそぼそ……
「~~っ、反則だろう、それはっ……」
「え? 何か言いました?」
「いや、なんでもな――」
『姉ちゃん、いつまでオレら、床を見てればいいわけ?』
ぶすっとした声で思い出した。柊馬とおばあちゃん!
うわぁあああ通信が繋がってたの、すっかり忘れてた!
「ごごご、ごめんっ」
急いで腕の中から抜け出し、スマホをきちんと持ち直す。
「すみません、クロードさん。船内を案内中だったの、忘れてました」
手を振る柊馬たちが映った画面を見せると、その端正な顔が綻んだ。
「あぁちょうどいい。そろそろ準備が整うから呼びに来たんだ」
準備……この船旅の、メインイベントだ。
私はこの日のために新調したネイビーのワンピースの皺を伸ばし、表情を改めて彼へと頷いた。