Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~

幸い、優秀な高速エレベーターはそれほど待つこともなくやってきて、私は1階へ。

コンシェルジュさんへの挨拶もそこそこに、エントランスを小走りで通り過ぎる。

ガラス張りのドアの向こう、車寄せに停車中の白のミニバンが見えた。
その荷台へゴルフバックを積み込もうとしてるのがクロードさんだと気づいて、ホッと胸を撫でおろす。

「よかった、クロードさんっマフラー……」

自動ドアをすりぬけつつ声を上げ――開いた口が、その形のまま固まった。

「襟が曲がってますよ、社長」

車の影から現れたロングヘアの女性が、クロードさんのダウンジャケットへと手を伸ばすのが見えたからだ。

「あぁ、ありがとう」

長身のクロードさんと並んでも見劣りしない、モデルみたいにゴージャスな容姿の彼女――クロードさんの秘書を務める速水玲奈(はやみれいな)さんだ。
才色兼備って彼女のためにあるような言葉だな、と思ったからよく覚えてる。

彼女もすでにゴルフウェアらしきスカートの上にダウンベストを着用。
きっと一緒にプレーするんだろう。

「朝ご飯は、銀座のザ・リリアンホテルのベーカリーで調達したんですよ」
「こんな早くからやってるのか?」
「父がオーナーと知り合いで、特別に朝食ビュッフェ用のものを分けてもらったんです」

2人のやりとりはとても自然で、リラックスして見える。
まるで、仲のいい夫婦のよう……

お願いクロードさん、私に気づいて。
他の女の人を、そんな風に見ないで。

ドロドロと胸の奥に沸く黒い感情に足が絡めとられて、それ以上前に進めない。

これは嫉妬だ。醜い嫉妬。
そんな感情に支配されている自分に自分が一番驚きながら、本能で足が後退していく。
それ以上そのシーンを見ていたくなくて。

このまま逃げてしまおうか、という考えが頭の隅を過った。

< 39 / 402 >

この作品をシェア

pagetop