Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
幸い、優秀な高速エレベーターはそれほど待つこともなくやってきて、私は1階へ。
コンシェルジュさんへの挨拶もそこそこに、エントランスを小走りで通り過ぎる。
ガラス張りのドアの向こう、車寄せに停車中の白のミニバンが見えた。
その荷台へゴルフバックを積み込もうとしてるのがクロードさんだと気づいて、ホッと胸を撫でおろす。
「よかった、クロードさんっマフラー……」
自動ドアをすりぬけつつ声を上げ――開いた口が、その形のまま固まった。
「襟が曲がってますよ、社長」
車の影から現れたロングヘアの女性が、クロードさんのダウンジャケットへと手を伸ばすのが見えたからだ。
「あぁ、ありがとう」
長身のクロードさんと並んでも見劣りしない、モデルみたいにゴージャスな容姿の彼女――クロードさんの秘書を務める速水玲奈さんだ。
才色兼備って彼女のためにあるような言葉だな、と思ったからよく覚えてる。
彼女もすでにゴルフウェアらしきスカートの上にダウンベストを着用。
きっと一緒にプレーするんだろう。
「朝ご飯は、銀座のザ・リリアンホテルのベーカリーで調達したんですよ」
「こんな早くからやってるのか?」
「父がオーナーと知り合いで、特別に朝食ビュッフェ用のものを分けてもらったんです」
2人のやりとりはとても自然で、リラックスして見える。
まるで、仲のいい夫婦のよう……
お願いクロードさん、私に気づいて。
他の女の人を、そんな風に見ないで。
ドロドロと胸の奥に沸く黒い感情に足が絡めとられて、それ以上前に進めない。
これは嫉妬だ。醜い嫉妬。
そんな感情に支配されている自分に自分が一番驚きながら、本能で足が後退していく。
それ以上そのシーンを見ていたくなくて。
このまま逃げてしまおうか、という考えが頭の隅を過った。