Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「……え、茉莉花?」
踵を返すギリギリのタイミングでクロードさんが私に気づき、視線をこちらへ向けた。
「まぁ奥様。ご無沙汰しております」
親し気な声音とは裏腹の、剣呑な眼差しをビシビシ感じる。
クロードさんのこと、好きなんだと思う。
初対面で紹介された時から、彼女は私へのライバル意識を隠しもしなかったから。
「どうしたんだ?」
「え、っと……マフラー忘れてたから、届けようと思って」
ぎこちない足取りで彼へと近づく私を、牽制するように速水さんが前へ出る。
「あら奥様、ご存知ないんですか? ゴルフではネックウォーマーを使うのが一般的なんですよ。プレー中はマフラーだと邪魔になりますから。移動は車なので、そもそも必要ありませんしね」
ね、ネックウォーマー……?
何それ、マフラーとは違うものなの?
「あ、そう、なんですね。すみません、知らなくて」
マフラーへ指先をギュッと埋めて、動揺を抑える。
あぁほらまた、妻スコア減点だ。
「わざわざそんな恰好で急いで降りてきていただいたのに、なんか申し訳ありません」
そんな恰好、と冷笑交じりに言われて初めて、キャラクターもののエプロンをつけっぱなしの上すっぴんだったことに気づき、顔が燃えるように赤くなるのがわかった。
消えてしまいたいくらい恥ずかしい。
「……あの、それじゃあ、私はここで。気を付けていってらっしゃい」
泣きそうな顔を下へ向けて隠し、そそくさと身を翻した――のだけど。
「え?」
いきなり手の中からマフラーが消えていて、びっくりした。
「待ち時間に使わせてもらおう」
声の方を振り仰ぐと、マフラーを手にしたクロードさんがいた。
「結構長いこと待たされるから、冷えるんだ」
ぶっきらぼうな口調、でもその眼差しは私を励ますようにほんのわずかに弧を描いていて。
たったそれだけなのに、外気のせいだけじゃなく冷え切っていた胸の奥が、ポッと温かくなった。
「クロードさん……」
あぁずるいなぁ。
こんな優しさ見せられるから、僅かな希望に縋りたくなるんじゃない。
いつか、心も身体も丸ごと、愛される日が来るんじゃないかと――
「社長、そろそろ出発しませんと、先方をお待たせしてしまいます」
刺々しい声が背後から聞こえたけど、私のへにゃっと緩んだ口元を直すことはできなかった。