Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
視線の先にあったのは、書店の手前のランジェリーショップ。
カラフルでポップな下着がずらりと並ぶ中、店頭のトルソーが纏った一枚に目が釘付けになったのだ。
これって、ベビードールとか言うヤツよね?
色は黒。前開きで羽織るタイプで、バスト部分は繊細な刺繍レース、その他はシフォン生地でスケスケになってる。
「え、エロい……」
一応、クロードさんと結婚してからは上下セットの下着を身につけるようにはしてるけど(←低次元)、それ以上のおしゃれに挑戦したことはない。
こういうアイテムで迫ったら……私の準備がもうちゃんと整ってて、私もソノ気だってことを察してくれるかもしれない。
クロードさんも男だし、さすがに反応してくれるんじゃ……
いや、さすがにこれはエロ過ぎる? 下品?
いやいや、これくらい攻めてちょうどいいくらいじゃない?
だって今のままじゃ、客観的に見てクロードさんの隣に相応しいのはすっぴんにエプロンの私じゃなく、速水さんのような女性だって気がする。
彼を支えられる仕事の才能に加えて、出る所は出てる、みたいな色気ムンムンボディ。彼女なら、クロードさんだってどんなに疲れてても抱きたいって思うかも。
あるいはもしかして、実は2人はすでにそういう関係で、今日だってゴルフの後はどこかのホテルで……
『おいで、玲奈。早く愛し合おう』
『悪い人。奥様に悪いと思わないの?』
『あれは家政婦要員さ。あんな色気のカケラもない身体、抱く気にもなれな――』
「いらっしゃいませ! こちら新作なんですよ。お気に召しました?」
明るいスタッフさんの声で、妄想が中断された。はぁ助かった。
「お客さん肌が白いから、黒って映えると思うわー。彼氏もドッキドキムラムラ間違いなし!」
ど、ドッキドキムラムラ?
「ほほ本当に?」
「本当ですよぉ! ご覧ください! ここの中央のリボンをほら、こうやって引くと――」
紐が解けると同時にパラっと前身頃が開いてトルソーの地が現れ、「おおお」と心の声が自然に口から漏れてしまった。
「ね、ドキドキするでしょ? どんな仲のいい恋人でも夫婦でも、日々のスパイスといいますか、刺激は大事ですから。こういうアイテムは、使ったもん勝ちですよ」
「日々の、スパイス……」
こくっと息を呑んで、私はそのベビードールを穴が空くほど見つめる。
――離婚はもちろんしたくない。
――もっと努力しないと。
さっきまでとりとめもなく考えていた独り言が、脳内をぐるぐる飛び回っていた。