Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~

どうして……どうして、高岡課長が?
だってもう異動になって、東京にはいないはず……

蒼白になって息を呑む私を見て、相手は満足そうに血走った目で嗤う。

「オレが飽きるまで付き合ってもらうぞ。その後は、動画を世界中に晒してやる。オレの人生めちゃくちゃにした代償は、たっぷり払ってもらうからな」

人生をめちゃくちゃに?
私が一体何をしたっていうの?

「いいか、騒ぐなよ。十人並みとはいえ、自分の顔を傷つけたくないだろう?」

言われなくても、金縛りにあったみたいに恐怖で身体が動かない。
何もできない。

絶望が過った。

……しかし、突然。

「な……くそっなんで閉まらないんだよ! くそっくそっ」

相手が焦った様に罵り出す。
どうやら何かがひっかかって、ドアが閉まらないらしい。

ダメだ。
ドアを閉められちゃったら、窓は全部フィルム張りだし、中の様子なんて気にする人はいない。
ただでさえ昼間の住宅街なんて、人通り少ないし……

彼の様子からして、この後何をするつもりなのか大体の想像はつく。

早く、早く逃げなくちゃ。

流れ落ちる汗で滲む視界をなんとかこじ開け、散らかりそうになる考えをまとめる。

今運転席に人は乗ってない。
つまり、課長は単独犯。

課長が後部座席(ここ)にいる限り、この車は動かないってことよ。

じゃあなんとかあのドアから逃げ出せれば……

「んだよ、お前の荷物か!」

男の声とともにチラッと見えたのは、お弁当箱の入った紙袋だ。
連れ込まれた時に手から離れたそれが、ドアの隙間に引っかかってたみたい。

袋をどかそうと、上体を起こした課長。
その時少しだけ、私の口を塞いでいる手が緩んだ――今だ!

私は思いっきり、口元にあったその手にガブッと噛みついた。


「いてぇええっ!」

口に広がった血の味に吐きそうになりつつも、痛みにのけぞる相手を押しのけることに成功。
そして紙袋を乗り越えて、ドアの隙間から外へ飛び出していく。

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