Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~

「ただの捻挫で済んでよかったな」
「はい。ふふ、クロードさん、私より熱心に先生の話聞いてるんだもん。先生、ちょっと引いてましたよ」
「当たり前だろう。聞き洩らしたことがあったらいけない」

軽口をたたきながら、車椅子を彼に押してもらって病院内の食堂へ。フードコートみたいな雰囲気の所で持ち込みも可能とのことだったので、ここでランチにしようとなったのだ。

窓際の明るいテーブルへ2人して広げたのは、私が作ったお弁当。

心配していた中身は、蓋が開かなかったことが幸いして、多少寄っていたものの無事だった。ラッキーだ。
ただ改めて見ると、やっぱり茶色い、んだよね……


「「いただきます」」

一緒に手を合わせてから食べ始めた彼を、向かい側からチラチラ観察する。
ハリウッドセレブ級の美貌の主と、手作りの庶民弁当。
月とスッポンみたいな取り合わせは、速水さんに言われるまでもなく似合わない。
ほらほら、周りのお客さんだってみんなこっちを注目してるもの。

彼に似合うのはもっと高級な、ミシュランレストランの個室ランチとか……

悶々と悩む私の耳に、ふっと小さく吹き出す声が聞こえた。

「心配しなくても、味はちゃんと美味しいぞ?」

凝視する私に気づいていたらしい。

「けどっ……茶色く、ないですか? 全体的に」

「そうか? 十分綺麗じゃないか。パンとリンゴだけとか、アメリカのランチボックスに比べれば野菜も摂れるし、素晴らしいと思う」

はっ! そうか。
ついつい忘れそうになるけど、彼は今やアメリカ人。
向こうのお弁当事情は随分違うんだろう。

「ぁり、がとうございます……でもミシュランシェフなら、もっと高級な食材を使って、(いろどり)も栄養も完璧なジャパニーズお弁当を――」

「速水に何か言われたのか? 弁当のことで」

「え」
とっさのことで取り繕うこともできず、言葉を失う私。
それで大体察したのか、クロードさんは手を止め、物憂げに長い睫毛を伏せた。

「すまない。速水の好意には気づいていたが、婚約者がいるというから大丈夫だと思っていた」
「いえ! クロードさんが悪いわけじゃっ……」

首をぶんぶん振りつつ、さっき病院への道すがら教えられた話を思い出す。


実は、ランチミーティングで外出中だっていう速水さんの話は嘘。
ただ電話中で手が離せなかっただけで、中に入って少し待っててくれるよう伝言を頼んだらしい。

ところが電話を終えて彼女に確認すると「社長に何が入ってるかわからないものは食べさせられない、自分が断っておいた」との返事。
クロードさんは激怒して、2人は口論になった。

言葉は濁されちゃったけど、おそらくその場で速水さんの方から告白したんじゃないかな。婚約破棄の件も、そこで知ったみたいだし。

それはともかく、その後すぐクロードさんは私へ連絡をいれたそう。
しかしマナーモードにしていた私は気づかず――虫の知らせか、不安を覚えた彼はオフィスを飛び出して周辺を探し回ったんだって。

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