年下ヤンキーをなめちゃいけない理由
「ってぇー……」
「だ、大丈夫……?」
外で軽音部のコンサートの音が響いている。きっと、ほとんどの学生は外に集まっているのだろう。
そんな文化祭も、もう終盤に差し掛かっていた。
そして、人気の少ない空き教室に二人。
あの時、軽々と交わしていたように見えた男二人からの攻撃は、さすがに交わせきれなかったようだった。流くんの肩は、少しだけ赤くなっていた。
「わ、私保健室から湿布___」
「いいから」
「でも……」
「俺のことなんてどーでもいいから」
立ちあがろうとする私を手で制する流くんは少し不機嫌な表情。
さっきから、何も言わない流くん。話すのは、必要最低限のことだけ。
そんな状態の教室に、気まずい雰囲気が流れていた。
「……流くん……?」
「…………なに」
赤くなった肩をそのままに制服を着始めてしまう。湿布取ってくるって言ったのに……。
「流くん?」
「……だからなにって」
一瞬目が合ったけれど、それからすぐにそらされてしまう。
目が合わないのはいつものことかもしれないけど、今日はどこか流くんの雰囲気が違う気がした。
「肩、痛い……?」
「え……ちょ、」
しゃべれないくらい痛いのかと、近づいて肩を見せるように促すけれど、流くんはキョロキョロと視線を泳がせて後ろにのけぞるだけ。
「ごめんね、大丈夫?」
どれだけ近づいても、その分距離を取られてしまうことにイラっとして、思わず流くんの裾をちょんとつまむ。
危険な目に合わせてしまった挙げ句の果てには、私の泣き顔まで見せちゃった。
年上なのに、ダサいなぁ。なんて考えながらも、男の人二人に襲われてしまいそうになった時がフラッシュバックして、無意識に手が震えた。
「……私のせいで……」
ゆっくりと離した流くんの腕。___でも、その手は、私の手を優しく握った。
「……違う」
何が違うって言うの……?きっと、流くん、すごく痛い思いをした。
私があの時、大声で助けを求めていたら。まず、話しかけてきた人たちに反応しなければ。と、後悔の波が胸を締め付けるように押し寄せてくる。
「ほんとに……バカでごめん……」
「違うって言ってるでしょうが」
さらりと揺れた金髪から覗く目が、私の目と交わる。
「でもさっきから流くん、変……」
「それは……」
初めて見た、流くんのそんな表情。
伏せられた目は、ひどく悲しげに揺れていて。悔しそうに下唇を噛んでいた。
今にも涙が溢れてしまいそうな、そんな表情。
「なんで……?」
なんでそんな顔するの……?
「……先輩、震えてる……から、」
「え……」
無意識に震えてしまう体を、力を入れて止めようとしても、やっぱり震えてしまう。気づいてないと思ってたけど、気づかれていたみたいだ。
流くんは、私の手をさらに強く握る。
「……俺だってさっきのやつらと一緒で……不良みたいな感じ……だし」
自信なさげに呟く声は、小さくてすぐに消えてしまいそうだった。
「俺も怖い……かもだし」
「違うよ」
確かに流くんは、金髪だし、ピアスだってしてるし、笑ってくれないし、校則違反だっていっぱいしてるけど。
「流くんは優しいのに……」
なんでそんなに自分のことを悪く言うの?そんなに自分のことが嫌いなの?
___私は流くんのこと、嫌いじゃないのに……?
「さっきだって、何にも言わずに守ってくれて、泣いてたら落ち着くまで怖くないように抱きしめてくれてっ」
そんなの、優しさ以外に何があるの___?
「だから私は流くんのこと、怖いなんて思わない。流くんが優しいの、知ってるから」
いつのまにか、いつもみたいに夕日でオレンジ色に染まる教室。
学生の楽しそうな声も、少しボリュームが小さくなった。
流くんは、小さく頷くと、「じゃあ」と呟いた。
「なに?」
「……抱きしめていい?」
「えっ」
だ、抱きしめるって、なんだっけ。
急に、さっきまで泣いていた私を流くんが抱きしめていたあの状況が、恥ずかしく思えてきて。
一気に顔が熱くなるのを感じる。
私、さっき、すっごく恥ずかしいこと……しちゃってた……。
真っ赤な顔を手で覆う私を、流くんはおかしそうに見つめた後、
「はっ、冗談です、先輩」
面白がるようにそう言った。
あ……。また、笑った。
なぜか、ストンと落ちてくるように感じた「かわいい」という気持ち。
流くんの笑った顔、好きだなぁ。
いつも笑ってればいいのに。
私の怖さを和らげるためにしてくれてるのかな。
「もう大丈夫だよ」そんな意味を込めた笑顔を返せば、まるで交代したかのように、たちまち流くんの顔が赤くなった。
夕日、のせいか___
そう思った。