年下ヤンキーをなめちゃいけない理由
こうしてスタート位置に並ぶと、すぐに持久走は始まった。
「海花、今からでも先生に言って休んだ方がいいんじゃない?」
私のペースに合わせた詩織が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「2kmくらい、大丈夫だよ」
走ってたらすぐ終わるから、そう思い込むことにする。
「きっと私、遅くなっちゃうから詩織は先に行ってて。ごめんね」
安心させるように笑いかけると、それでも腑に落ちないような表情を残して、詩織は先を走って行った。
私の位置は、女子の後ろの方。
かなりのスローペースで、いつもの私なら中間くらいまで行けるはずなのに、今日はみんなが速くて追いつかない、そんな感覚だった。
走る振動が頭に響いてさらに強く痛む。
このペースでいけば、みんなについていける、絶対大丈夫。
何度もそう言い聞かせてグラウンドを一周したあと、学校の外に出た。
その瞬間、一気に緩まる全体的なペース。
よかった……。
すでに激しく乱れる息を整えながら、それでも懸命にみんなと差をつけないように走る。
___それでも、すぐに限界はやってきた。
いつのまにか私は最後尾。
冬の冷たい風に走る足も止まってしまったのだ。
歩くようなペースだったのに、さっきよりも激しい呼吸。
逃がしようのない痛みを与え続けてくる頭。
震える体。
水面を見ているかのように歪む視界___。
やばい、そう思った時にはもう遅くて。
米粒みたいに小さなみんなの背中が私を振り返ってくれることなんてなかった。
ここはまだ、スタートから500m地点。
あと1.5kmも残っているというのに。
ちょっと休憩をしよう、そう思ってしゃがもうとしたはずなのに。
体が言うことを聞かず、そのまま地面に倒れる。
___そう思って、かたく手のひらを握りしめていたのに、来るはずの衝撃はいつまでたっても来なくて。
「___海花」
私を心配そうに呼ぶ優太の声が、頭上で聞こえた。
「なん、で……」
なんでここに優太がいるの……?
私の体を力強く支えてくれる、優太のたくましい腕。
「歩けるか?」
呼吸の浅い私を見て歩けないと判断したのか、私の体は軽々と宙に浮いた。
「……しんどいならしんどいって言え」
「……ごめん」
「お前のことだからどうせ勉強ばっかやって寝てないんだろ」
「……」
図星をさされて、返す言葉もない。
「寝てていいから、な。あとは俺が全部やっとく」
そう言われると共に、急激な眠気が私を襲う。
___海花先輩。
あぁ、そういえば、流くんと全く合ってないな。
……私のことなんてもう忘れてるのかな。
桃香ちゃんと二人で並んでお弁当を食べる姿が脳裏に浮かぶ。
忘れたいのに、忘れられなくて。
大学受験に向けて勉強を1日に詰め込んでいたのに。
ふとした時に勝手に出てくる。
あぁ、もう。忘れたい。
「流くん……」
無意識に呼んだ彼の声と共に目尻からこぼれ落ちた涙。
「……っ、なんでなんだよ……」
そんな私の頭上で悔しそうに唇を噛み締める優太に気づくこともなく___。