年下ヤンキーをなめちゃいけない理由
流くんのネクタイを引き寄せて、まるで不意打ちでキスをされているような、そんな雰囲気だけど。
一瞬のことだったため、私たち以外あの2人を見ている人はいなかったのだろう。
騒がしい1年フロアだけど、私の頭の中は、まるで時が止まったかのように真っ白だった。
ゆっくりと唇を離して、流くんを見つめた女の子___
桃香ちゃんは、私と目線を合わせると、まるで思い通りに行ったと言わんばかりの表情で、微笑んだ。
「えっ、ちょ、天使せんぱ……!?」
もう、見てられない。
あんなの、見なきゃよかった。
1年フロアになんか来なきゃよかった。
人生でいちばん速く走ったんじゃないかってくらい、1年フロアを抜けて、とにかく人気のない方向へと走り続ける。
なんで……?
なんであんなところ、見ちゃったの?
もうやだよ……。
流くんのこと好きでいるの、辛いよ……。
気づけば、私は本校舎の隣にある旧清輝校舎に入っていた。
昔、桜川高校として使われていたそうだけど、今は隣に私たちの通う清輝高校が建ったからと、今はもう使われていない校舎。
おかげで、この校舎には生徒なんて滅多にいない。
「っ、うぅ……」
シン……と静まり返った場所にいると、余計に独りなのを実感してしまって。
大粒の涙が、私の頬をどんどん濡らしていった。
「海花先輩」
「っ……」
かすかに聞こえる荒い息遣い。走って私を追いかけてきてくれたのだろう。
でも、泣いてる顔を見られたくなくて。なにより、このままだと流くんに思ってもないようなひどいことを言ってしまいそうで。
「ごめん、海花先輩、あれは___」
「来ないで!」
そう、突き放してしまった。
「桃香ちゃんのことが好きなんだったら、なんで来たの……?戻ればいいじゃん!」
「……岩木のことを好きだって思ったことはないし、これからもない。絶対に」
「キスしてたのに……」
流くんからしたことじゃないって、そんなことわかってるのに……。
今はそんなことも考えられなくて、理不尽な思いばかりが募っていってしまう。
「……あんなの、好きな人からされないと意味ない」
「じゃあしてもらいにいけばいいじゃん!来ないで!」
かまわずに近づいてくる流くんの胸板をドンっと押す。
「まだ、好きだってことも伝えれてねーのに?」
そんなの、知らないよ……!
ボロボロと涙をこぼしながら嗚咽をこぼす。
「海花先輩、俺、ずっと先輩のことしか見てなかったの、気づいてねーの?」
「っぅ……え……?」
見上げると、今までにないくらい眉を八の字に下げて優しく私に笑いかける流くん。
「勉強する時も、学校で先輩のこと見かけた時も。ずっと先輩のことしか見てねーよ」
ズビッと鼻を啜って、再び首を傾げると、流くんは顔をほんのり赤らめて頭をガシガシとかいた。
「好きっつってんだ」
流くんの長い腕が、私の腰に回ると引き寄せられ、彼の中にすっぽりとおさまっていた___。