年下ヤンキーをなめちゃいけない理由
クリスマスの日から、約一ヶ月が経った。
冬休みが終わって、結構な時間が経ったけど……。
なんとなく、クリスマスの日から流くんのことを考えるのが恥ずかしくて……。
あの日すごく大胆なこと言っちゃったなぁ、と思い出して顔が赤くなってしまうのだ。
たまに流くんが下校の時、玄関で待っててくれたりするんだけど、直視できないっていうか……。
「はぁ……」
理由がカッコ良すぎるから、なんて絶対に言えないよ……。
「海花、次体育だよ!」
大きなため息をついた一限の終わり。
詩織が体操服のジャージを持って私の先までやってきて、更衣室へ促した。
「えっ、今日体育ってあったっけ……?」
「え?あるけど……」
う、うそ……体育あるなんて、知らなかった……。
さっと顔が青ざめる。
「どうかしたの?」
心配そうな顔をして顔を覗き込んできた詩織に、ポツリと呟いた。
「ジャージ、忘れた……」
「えっ」
さすがにこの真冬の中、半袖で体育だなんて無理だよ……!
制服の冬服を着てても寒いって言うのに……!
「どっ、どうしよう、詩織……!」
「他のクラスの女子に借りたら?」
そ、その手があったか……!焦っていた頭を冷やして、思い直す。
大丈夫、他のクラスにだって友達もいるんだから。
教室を飛び出して、隣のクラスを覗く。
たしかこのクラスには___……いた!
「くるみちゃーん!」
中学校から一緒の、大咲くるみちゃんがいるんだ!一年生から三年生まで一緒のクラスだったから、忘れた教科書を貸し借りするくらいの仲になったんだ。
「海花ちん、どうしたのー?」
長い黒髪を揺らして、ひょっこりとドアから顔を出す。
「体育のジャージ忘れちゃって……!ごめん、貸してくれないかな……?」
お願い、と手を合わせてポーズを取ると、くるみちゃんは申し訳なさそうな表情に……。
「ごめん!今日体育ないから持ってきてないんだぁ……」
や、やばい……。あまり交友関係が広くない私は、くるみちゃんくらいしか頼れる人いないのに……!
「そっか……!わかった、ありがとねー!」
こうなったら……流くんに借りに行くしかない、かも……。
お礼を言って一年生のフロアに行くために階段の方向へ行こうすると、後ろから不機嫌そうな声で「おい」と声をかけられた。
じゃ、邪魔だったかな……!?そう思って、振り返り謝ろうとするけれど、そこに立っていたのは、
「体操着、忘れたわけ?」
「えっ……あ、うん……」
相変わらずバカにするように、優太が私を見ていた。
「待ってろ」
「え……」
貸してくれるの……!?と、心が一気に明るくなると同時に、流くんの姿が脳裏に浮かぶ。
「あっ……優太、いいよやっぱり。流くんが___」
「いーから、着とけ」
「わふっ」
優太の投げた体操着が私の顔に命中する。
「いったぁ……」
「時間ねーんだろ、ほら、急げ」
時計を見ると、授業開始まで五分をきっていた。今から流くんのところに借りに行っても、授業に間に合わないよ……!
あとでちゃんと謝ろう……!
「優太、ありがとう!また返しに来るね!」
「おー」
気だるげに返事をする優太を後に、授業に急いだ。
だ、大丈夫。体育の授業が終わったら、すぐに着替えて、すぐに返しに行って……。
「松村って誰の服」
どうやら現実でのタイムマネジメントはなかなかに難しいみたいだ。
「な、流くん……!」
「あー、俺の苗字だけど」
優太が、私の肩に手をポンと乗せた。
まさかのまさかで、三限目が調理実習で着替えることができず……。
家庭科室から教室に帰る途中で、同じく移動教室だったらしい優太と鉢合わせして一緒に廊下を歩いていた時だった。
はたまた同じく移動教室だった流くんにも遭遇し、私が着ているオーバーサイズの体操着に違和感を感じたみたいで。
「なんでそいつの着てるんですか」
「流くん、今日体操着忘れちゃって……」
まずい、流くん、怒ってる……。
そりゃそうだよね……。流くんが私以外の異性のものを身に付けてるって、私だって嫌だもん。
酷いことしちゃった……。
「ごめんなさい……」
『松村』と印刷された体操着を流くんはじっと見つめると、私の腕を引っ張って、優太から引き離すように流れくんの腕の中におさまった。
「わっ……」
幸い、周りには誰もいなかったから助かったけど……。
「わりーって。こいつ、お前に借りに行こうとしてたよ。でも俺が強引に貸した」
抱きしめられていて流くんの表情はわからないけど、絶対怒ってる……。
「別にどーでもいいよ、気にしてないし」
「気にしてるだろ、下手な嘘つくんじゃねーよ」
「……」
「俺だって諦めたわけじゃねーんだ。ボケーってしてたら余裕で行かれるぞっつってんだよ」
諦めるって……なんの話、してるの……?
それだけ言った優太の足音が遠のいていったのが聞こえた。
ビリビリとした空気はもうなくて、おそるおそる見上げると、流くんは少し不機嫌そうな表情で、私の腕を掴んだまま歩き出した。
「流くん……ごめん、酷いことして……」
「謝ってほしいわけじゃないから」
いつもより冷たい表情と声が、私の不安を煽る。
どうしよう、どうしよう……やっぱりあの時、授業に遅れても流くんに借りに行くべきだったよね……。
「ごめんなさい……」
「……」
私、振られちゃうの……?
人気のない校舎の隅までズンズン歩く流くんを小走りで追いかけながら、じわっと涙が滲む。
私が軽い気持ちで優太から借りちゃったから……。
「っ……ながれく……っ」
ポロポロと溢れる涙を必死に止めようとしても、止められるわけがなく。
泣いてるってこと、バレたくないのに……っ。
辿り着いた先は、いつもの空き教室。
私が入った後、流くんは乱暴に扉を閉めて、そのまま私を扉に押し付けた。
「っ……」
泣いた顔を見られたくなくて、咄嗟に顔を覆う。
「なんで隠すわけ?」
「だってっ……泣いちゃってるから……っ」
悪いのは私なのに、なんで泣いてるんだろう……。
あぁ、そっか……別れ話、するんだ……。
そう思えばもっともっと涙が溢れてきて。
「……ゆ、優太とは……ほんとに何もなくてっ……」
ただ今は、流くんに誤解されたくなくて必死に挽回する。
「ただの幼馴染で……流くんが特別でっ」
「じゃあ男に軽々しく触られてんじゃねーよ」
流れくんの髪が目にかかっていて、表情がうまく読み取れない。
「アイツにジャージも借りるなよ、俺の見てるとこでも見てねーとこでも……アイツと楽しそうに……喋ってんじゃねー……」
そこまで言うと、流くんは私の肩に額を乗せた。
「ただの幼馴染でも……男だっつーの……」
聞いたこともないような弱々しい流くんの声に、胸が苦しくていっぱいになる。
ゆっくり流くんの背中に手を回すと、流くんも抱きしめ返してくれた。
「……ごめん、強く当たって」
ふるふると首を横に振る。流くんは何も悪いことなんてしてないのに。
「……泣いててもいいから、腕、どけて」
流くんが優しく私の腕をどかす。
「っ……!」
それと入れ替わる様に、私の涙に流くんがキスを落としていく。
何度も、何度も。
まるで暗い気持ちを掬い取ってくれる魔法みたいに。
「……わがまま、言ってもいいですか」
「うん……」
流くんは、私の肩に頭を置いて、言いにくそうに言った。
「上だけでいーから、その……借りたジャージだけは脱いでほしい……です」
ブカブカの優太の体操着をすぐに脱いで、机の上に置くと、流くんはほっとしたように再び私を抱きしめた。
「……ほんとにごめんなさい。これから何があっても流くんのこと考えるから」
もし流くんの立場が私だったら、常にそう考えて生活しなきゃ。
「……俺だけ見てたらいいのに」
「えっ?ご、ごめん。聞こえなかった」
「……なんにも」
聞き返して流くんの顔を見る前に、体操着を脱いだTシャツの上に、バサっと流くんのブレザーをかけられた。