年下ヤンキーをなめちゃいけない理由
流 side
海花先輩のお母さん___慧さんと二人きりになった空間は、とても静かだった。
でも、雰囲気が海花先輩と似ているからだろうか、不思議と緊張は解けていた。
それに安堵しながらも、向かいに座る慧さんを見つめる。
「流くんにお願いしたいことがあるの」
慧さんはおだやかな表情を浮かべながら、まっすぐに俺を見つめる。
そのまっすぐな瞳が、海花先輩に似ているような気がして、あぁ、親子なんだって改めて実感した。
「少し暗い話になっちゃうんだけどね」
あぁ、やっぱり。その話か。
これから話されることは少しだけわかっていた。
きっと___。
「あの子のお父さんの話、なんだけど」
そう慧さんが言った瞬間、さきほど海花先輩が「お父さんは死んじゃったけどね」と言っていた時の、表情を思い出す。
今まで見たことがないくらい、悲しみに満ち溢れた悲痛な表情だったからだ。
いつも笑顔で元気な先輩からは想像ができないくらい。
「少し前に、病気で亡くなっているの」
……病気。
そうか、海花先輩はまだ小さい時に親を亡くしているのか。
ふと、俺の両親の顔が頭に浮かぶ。
転勤が決まったと言って、日本に残る俺を惜しみながら海外へ飛び立った母親と父親。
行く前に、母さんは何度も何度も「連絡するからね」と大泣きしながら飛行機に乗り込んで行ったっけ。
「それからね、海花、お父さんのお墓参りには一度も行ってないの」
「……どうしてですか」
亡くなった親の墓参りって、子供はしないものなのか、なんて馬鹿が丸出しの疑問が頭をよぎったが、その疑問はすぐに打ち消す。
「……あの子、お父さんのことが大好きでね。だから、まだお父さんが死んだってこと、受け入れたくない。……それだけ、なんだと思う」
"それだけ"……。
その"それだけ"が、どれだけ大きくて重いものなのか、お母さんも海花先輩も、じゅうぶんにわかっているのだろう。
「あれから、いっさいお父さんの仏壇がある部屋には入らなくなったし、お父さんの話もしなくなったの」
そこで俺は、考えていた思考が一点に集中した。
「話を……しなくなった……?」
「えぇ、そうなの……」
お父さんの話題を……だよな?
『お父さんは死んじゃったけどね』と呟く海花先輩の言葉が脳裏に蘇る。
たしかに、海花先輩はあの時その話題を口にしていた……よな……?
「もしかして、海花の口から聞いたの?」
慧さんは少しびっくりしたように俺の反応を伺う。
「はい、先ほど。ほんの一言でしたが、お父さんは亡くなっていると……」
「そうなの……」
慧さんはそれを聞いて、安堵したかのように椅子に全てを委ねるようにもたれかかった。
「きっと、流くんがいるから……少しずつ向き合おうとしてるのね……」
慧さんは、俺の目を見て「ありがとう」と、そう言った。
「だからね、お願いっていうのは、お父さんのお墓参りに二人で行ってくれないかしら」
「え……僕も、行っていいんですか……?」
「"流くんと"行ってほしいのよ」
俺が突っ込んでいいのか……?と、そんなことを思っていたが、これは慧さん___海花先輩のお母さんからのお願いだ。
断じて断るわけにはいかない。
「海花が流くんのことを紹介している時、すっごく幸せそうな表情をしていたの。……どんな苦しみもこの人とならって……そんな表情」
「っ……は、はぁ」
緊張してて、海花先輩の表情までは見てなかった……。
「だから、きっと今、海花の中でも少しずつお父さんと向き合おうとしているのかな、なんて思っちゃって。……そっか、もう向き合ってるのね……」
うるっと慧さんの目がうるんだのを見て、思わず慌ててしまう。
「僕でよければ……お父さんのお墓参りに伺わせていただきます」
慧さんは、そんな俺を見てクスッと笑った。
「お父さん、とっても頑固で厳しい人よ」
「えっ……」
「あははっ、大丈夫よ。絶対に流くんと気が合うわ」
どうやら、冗談が大好きなところは、海花先輩とよく似ているみたいだった。