年下ヤンキーをなめちゃいけない理由
「二人とも、おはよう」
朝からお母さんの笑顔と共に、テーブルに置かれた朝食。
きょ、今日も美味しそう……っ!
ぐぅーーー……とお腹が鳴ってしまうくらい……!
「食べたら行っておいでね」
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二人で身支度を終えて、今日は流くんが連れて行きたいところがあるからと言ってくれて、午後まで一緒に入れることになったのだ。
いつのまに流くんが話したのか、お母さんも出かけることは知っていたらしい。
家を出ると、外は冬とは思えない晴天の空だった。
薄い水色の空は、まだやっぱり冬を物語っているけど、いつもよりは寒くない。
「どこに連れていってくれるの?」
そう聞いても、流くんは「さぁ」とはぐらかすばかり。
でも、ここらへんにあるお店や施設なんて……。
そこまで考えて、はっとする。
次の角を左に曲がってまっすぐ行った先には……お父さん……のお墓。
なるべく思い出したくなかった。
いや、別にそこに行くわけじゃないんだから……。
一度深呼吸をしてから、また前を向いて歩く。
___でも。
「え……」
私の目の前にある光景、それは墓地。
灰色の磨かれた直方体の石が、ずらっとならんでいた。
「……なん、で」
思い出さないようにしていたのに。
忘れようとしていたのに。
近寄らないようにしていたのに。
『刈谷源』___私のお父さんの名前が書かれたお墓は、1番初めに目に留まった。
「昨日、慧さんに頼まれたんです」
お母さん……?お母さんが、どうして……。
……大人になれば。
もっともっと歳を重ねれば、お父さんが死んだことにショックを受けなくなるのかな。
ずっとそう思ってきた。
___だから、お父さんの死と真面目に向き合ったことがなかった。
『海花、お墓参り___』
『来年行く』
毎年交わすお母さんとの会話。
来年になれば。あと一歳大人になれば。
ずっとそう思い続けていたのに、今になってもお父さんと向き合うのが怖くて。
ずっと大好きだった人が突然いなくなって、会えなくなってしまった現実を受け止めることができなくて。
___どうすればいいかわからなかったの。
「海花先輩」
ぎゅ、と控えめに手を握られる。
流くんの手を握り返して気づいたけれど、私の手は冷たくなって、無意識に震えていた。
流くんのあたたかくて大きな手が「大丈夫」そう言ってくれているようで、少しだけ動悸が落ち着く。
「行きましょう」
ほとんど意思がないまま、流くんが手を引いてくれる方向に向かって私もついて行く。
でも、近づくことがとても怖かったはずのお父さんのお墓は、流くんの背中を見るだけで、どこか安心することができた。
「ここ……ですよね」
流くんは、持っていた大きい紙袋から、お母さんがこの前買ってきていた榊を備え、ペットボトルの水を注いだ。
いつのまにそんなの用意して……。
ただ固まっているだけの私の手を流くんは、何も言わずに強く握ってくれていて。
「大丈夫だから」
そんな直球な言葉に我に帰ると、自然と涙の膜が張ってくる。
罪悪感もそれと同時に込み上げてきて。
「お、とうさん……ごめんなさい……」
お父さんの体も物も、ただ石でできた長方形だけがそびえ立つお墓の前に力なくしゃがみ込む。
何度も、何度も。
謝った。
ずっとお父さんの方を見なくてごめんなさい。
受け入れようとしなくてごめんなさい。
伝えたいこと伝えられないでいてごめんなさい。
___もっともっと、大好きって伝えておけばよかったのに。
数年間、お父さんを存在しなかった人のように触れなかったことに対する罪悪感と、生前、しておくべきだったことをしなかった後悔で押しつぶされそうな気がした。
それでも、ずっしりと重かった体が、ふっと軽くなったのは___
「大好きなお父さんなんですね」
いつもと変わらない微笑みを私に向けてくれる流くんが、隣にいるから___。
流くんが隣にいたら、どんなに辛いことだって乗り越えられる気がする___それを、お母さんはわかっていたのだろう。
だから、お母さんはお父さんのお墓参りに一緒に行ってくれるように流くんにお願いしたんだ……。
どこまでも優しいお母さんと流くんに、静かに涙が溢れた。
落ち着くと、流くんは私の手を握ったまま立ち上がった。
「___帰りましょうか」
私が泣いている間、ずっと隣にいてくれた流くん。なにか、お父さんのお墓に向かってしゃべりかけていたけど、あまり覚えていない。
「……うん」
初めて見たお父さんのお墓にもう一度目をやり、心の中で「ばいばい」と語りかけた。
___また来るね。
そんな意味を込めて、私はお父さんのお墓に背を向けると、まるでお父さんが返事をしてくれたかのように。
そばにある桜の木が風に揺られて、葉がこすり合う音を奏でた___。