青い海に揺らぐ

最近見慣れすぎていたせいで、思わず普通に話しかけちゃったけど、向こうからしたら面識がないも同然だ。


そんな相手に自分の読んでる本を把握されてるなんて思いもしなかったのだろう。


お互いに固まってしまって、下から見える青野くんの目が黒というには不思議な色をしているな、なんてどこか場違いなことを考えて。


「……借ります?」

それに耐えきれなくなって、もうどうにでもなれと言葉を続ける。


何か言われたら図書委員なのでとか適当に言えば良い。


そう思って身構えていると、ふっと固まった空気が優しく緩んで。


「ありがとう」


初めて見た笑顔に、ほとんど放心状態で貸出手続きを終わらせていたみたいで、気づいた時にはもうそこに青野くんはいなかった。



「あら、あの本もう誰か借りたの?」

図書の先生が帰ってきて、新刊の棚の整理を始めると、ふとそんなことを尋ねられた。


「あの本?」

「青い本なんだけど、深海シリーズって呼ばれててね。誰かファンがいるのかしら」


さっきの本だ。

本のことなんて詳しくは知らないけれど、それだけははっきりとわかった。


「あー、さっき誰か借りてたような」
「購入した甲斐があるわね」

そう言ってまた本棚の整理を始めた先生に、私は椅子から動けないでいた。


深海シリーズ。

眼鏡の奥の優しく細まった目を思い出す。


あぁ、そうだ。

黒というよりも、深い海のような色だった。

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