一夜限りだったはずの相手から、甘美な溺愛が止まらない。
鳳間さんのその一言に、息を呑んだ。
「(あの日のことが、忘れられない場合……?)」
一瞬何かの冗談とさえ思ったけれど、彼の視線があまりにも一心にこちらへ向けられているものだから、笑い飛ばして受け流すこともできない。
あぁ、この力強くてまっすぐな鳳間さんの瞳は少し苦手だ。少しでも気を抜けば、彼の妖艶な魅惑に魅せられてしまいそうになる。
鳳間さんは駄目だ。彼だけには絶対に絆されてはいけない。
心の中で何度も自分を牽制しながら、そっと目を逸らした。
「わ、忘れられない、なんてことはないかと思います」
「なぜ?なぜそう思われるのですか?」
「それは、その、鳳間さんと私とではお立場というものが違いますし、それに、酔った勢いで見知らぬ男性に声をかけるような人との一夜など、記憶に留めておく必要はないから……です」
必死に言葉を選びながら紡いでいく。
かの有名な鳳間家の人間と一対一で話をするというだけでもあり得ないことだというのに、激しい緊張と焦りで目が回りそうになる。
「何か事情があったのでしょう?」
「え?」
「僕は記憶力がいいようで、あのとき加奈さんが懸命に訴えかけてきたことはすべて覚えています」
「……!?」
「そうですね。例えばあなたの恋人が友人と浮気をしていたことだとか、上司からひどい扱いを受けている……だとか」
「そんなっ!」
「今はまだ、お互いのために僕達の出会いを口外することは控えたほうがいいでしょう。だが、これもせっかくの縁だ。お互いのことを忘れる努力をするよりも、もっと知る努力をしてみませんか?」
空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。
あの鳳間瑛人が、一週間前の、たった一夜の私とのできごとを懸命に覚えているなんて。
「なので、どうです?まずはその第一歩として、場所を変えて話の続きをしてみるのは?」
「で、ですが……」
「加奈さん、先ほどの料亭でほとんど食べ物を口にしていなかったでしょう?お腹は空いていませんか?僕が運転しますから、行きたい場所をおっしゃってください」
あの日の夜は、人生最大の過ちだと思っていた。
名前も知らない人とベッドを共にしてしまったことに、少なからず後悔さえしていた。
その相手が、こんなにも完璧な人だったなんて思いもしなかった。
彼との出会いが、吉と出るのか、それとも凶と出るのか、今はまだ──……分からない。